オリンピックのメダリストが、インタビューに「私ひとりの力で(メダルが)獲れたわけではない」「みんなのおかげです」と答えている。心からの感謝の言葉だろうが、もしもこういう発言を他人から強制されたら、きっと不快に思ってしまうだろう。
ある会社では、上期に金メダル級の活躍をした若手営業マンが、謝恩パーティのためにボーナスから5万円を強制的に天引きされて、不満を募らせている。
この会社の伝統…。「みんなのおかげ」もあるけれど
――中堅商社の人事です。我が社では慣例として半期に一度、営業部門主催の「謝恩パーティ」を開いています。
会の資金は、営業マンのボーナスの一部から拠出しており、インセンティブ部分の3%を「サポート感謝金」という名目で支給前に天引きしています。
おそらくサポート部門に対し、営業マンがお礼を示す趣旨でパーティが始まったためではないかと思われます。このことについて先日、営業のホープのA君から「サポート感謝金って、多すぎないですか?」と苦情を受けました。
A君は上半期の成績がトップクラスによく、天引きも5万円と予想以上に多くなったようです。営業マンだけが天引きされることにも納得していません。この不満を職場の先輩に話したところ、本部長の耳に入ってしまったそうです。
「このパーティは、この会社の伝統なんだよ。お前、自分の力だけでここまで来れたと思ってるのか?そりゃ大きな勘違いだ。みんなのおかげで成績が上げられたという、感謝の気持ちを忘れるんじゃないよ!」
本部長はA君を叱責し、納得できないA君が人事にやってきたというのです。
何となく問題がありそうですが、私が入社するずっと前から行われていることで、部内にも詳しい事情を知る人がいません。こういうときは、どこから手を着ければいいのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「労使協定」を締結しているはず。人事で確認が必要
まず「サポート感謝金」天引きの根拠となる労使協定を確認しましょう。労働基準法には「賃金の全額払いの原則」があり、会社は社員の給与・賞与から勝手に天引きをしてはなりません。天引きが認められるのは、(1)税金や社会保険など法律で定められているもの、(2)労使協定で控除することが決められているもの、の2つだけです。もし見つからなければ、あらためて締結しておかないと不当な天引きとみなされるおそれがあります。
しかし労使協定を結べば何でも控除できるわけではなく、「社会通念上妥当か」ということも判断されます。妥当かどうかは、民事上の争いとなったときに判断されます。「サポート感謝金」は、懇親を目的としたパーティとしては妥当とも思えますが、負担が一部の社員に偏りすぎていることを考えると、天引きではなく会社が負担する方がよいのではないでしょうか。賞与の原資を使い、個々の支給額を決める前にパーティ費用を除いておくことも考えられます。
臨床心理士・尾崎健一の視点
会社から協定見直しを呼びかけてもいいのでは
今回のケースで手続き上問題があるかどうか確認できませんが、会社として「事情が変わった」と判断すれば、制度を見直してもいいのではないでしょうか。とはいえ、あるものを単になくすのではなく、関係者の慰労のためにどういう形がいいのか考えてみた方がいいでしょう。参加者の会費制にするなど負担の方法を変えてみたり、グループごとの懇親会に変えるとか、パーティではなく記念品の配付にするとか、別の方法はいろいろあります。
なお、制度を変更した場合、これまでに払ったお金を返してほしいと言い出す人がいるかもしれません。天引きされたお金の名目が「積立金」の場合は、制度見直しに伴い返金するのが原則と思われます。しかし「親睦会費」などの場合は、自分が参加していなくてもすでに費用が消化されてしまい、全額返金が叶わない場合もあるでしょう。その場合には、社員の不満を招かない納得性の高い説明が必要です。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。