「なんだか、妙な時代になったもんだね」
この春、現役を引退した元サラリーマン氏がつぶやきました。機械系のエンジニアとして大手企業に入社し、25年勤めたところで学生時代の友人や会社の仲間とともに独立、コンサルタントとしてさらに20年ほど働いたそうです。
その元サラリーマン氏が、何を妙だと感じたのでしょうか。
「いや、後輩や元のクライアントから暑中見舞いが来るんだけど、最後の署名がとんでもないことになってるのよ。社名、所属、名前、住所、電話番号、ファクス番号、まあ、これはこれまでどおりだわな。そこに加えて、モバイル電話番号、メールアドレス、ホームページアドレス、人によってはさらにブログ、ツイッター、フェイスブック、インスタントメッセンジャー…。ずらりと並ぶんだよ」
「一番早く連絡がつくやつだけ書いとけよ(笑)」
社名からインスタントメッセンジャーまで、最大で12行にも及ぶ発信者署名。老眼の目にはチラチラして見づらいうえ、いざアドレス帳などに控えようとしても、どれがどれだか混同混乱してしまうのだそうです。
「で、なに、結局、どれに連絡すればいいんだよって。一番早く連絡がつくやつだけ書いとけよ。もう、わけわかんないよね(笑)」
それを聞いていた若いサラリーマン氏も同調しました。
「最近は、名刺だって凄いのがありますよ。会社の人はともかく、自営や独立している人のなかには変なのが多いです。このあいだ、名刺の表記が全部アイコンになってる人がいて。電話やファクスはともかく、裏には利用しているSNSやブログ運営会社のアイコンとアドレスやIDがカラーでズラリ。あれ、通常よりだいぶカネかかってますよ(笑)」
見れば、SNSをはじめ、ほとんどの著名なサービスを利用している風だったとか。ソーシャルゲームのアイコンとIDまであってビックリしたそうです。
「ゲームやってる人に向けて、見つけて声かけてねってことなんでしょうけど」と若手サラリーマン氏。元サラリーマン氏が引き取って言いました。
「でもさ、仕事上必要とか、よほど親しいとかなら別だけど、ネット上でのアクティビティを会ったばかりの人から見せられても、読んだりしないだろ?」
「仕事の昭和」と「絆の平成」の対決?
「いや、一度は見るんじゃないですかね。僕なんかは、どんな人なのかって、とりあえずどれでもいいから見てみますよ。趣味とか興味がある事とか、それなりに分かるじゃないですか」
そうか、と元サラリーマン氏。でもさ、と続けます。
「人柄なんて、最後に分かればいいんだと思うんだよ。友達じゃないんだから、仕事での付き合いなら、なおさらね。仕事なんだから、真剣勝負で、ガッチリやるってのがないとさ。人柄なんてのは、それが終わってから、でいいわけで。先に何が好きとかわかっちゃうと、仕事上の関係にもアザとさが出てくるんじゃないの?」
若手サラリーマン氏は、そんなのは味気ない、とため息をつきました。「うーん」と、納得できない様子です。
「でも、人柄がわかれば、お互いに気分良く仕事を進めることだってできるじゃないですか。互いに気遣いができるし、結果、良い仕事に繋がることだって少なくないと思いますけどね」
仕事の昭和と、人の繋がり、絆の平成の真っ向勝負みたいで、傍目で聞いている私にとってはなかなか面白い話です。
ただ、と私も話に加わりました。あまりネット上に自分の痕跡を残すと、大津いじめ事件の加害者みたいに、何かあった時に全ての情報をサルベージされて、悪し様にプロファイリングされてしまいますよ。
実名の書き込みは「ベランダで全裸になって叫ぶようなもの」
またもや、「うーん」と両氏。もともとは、元サラリーマン氏が「引退もしたことだから、SNSをやってみようと思うんだが、どうだろう」と訊ねてきたことから始まった話でした。
「やっぱり、止めとこうかな」と元サラリーマン氏。
自分の家の庭やマンションのベランダで全裸になって、自分はこんなヤツだと叫ぶことへの違和感とか警戒感といった、生活上の価値観に対する感覚的なことが最大の注意点なのではないか。
私がそう言うと、元サラリーマン氏は「ネットは便利だけど、使うのは難しいね」と腕を組みました。若手サラリーマン氏も頷いてこう言いました。
「ネットの使い勝手は簡単・便利になりましたけど、使い方や使い様はますます難しくなってるのかもしれませんね」
まったく、そのとおりかもしれません。(井上トシユキ)