夫の稼ぎだけで専業主婦の妻と子どもを養っていたのは、昔の上流家庭か高度経済成長期の話。いまはフルタイムで働いても、生活が苦しいという独身者が少なくない。結婚すれば、共稼ぎは当然の選択肢となるだろう。
ある会社では、産休中の妻に協力して家事や育児をしようとする男性社員に対し、オーナー社長が「仕事をおろそかにするな」と発言し、社員から猛反発を買っているという。
同情してくれる同僚もいる。何とか対抗したい
――従業員90人の中堅製造業の営業で働いています。入社5年目です。今月、待望の長男が産まれ、喜びつつ新しい生活に戸惑っております。妻が産休から早めに復職しないといけない事情もあり、家事や育児に積極的に参加するつもりです。
最初は育児休業の取得を考えましたが、職場はそんなことを許す雰囲気ではありません。しかしこれまでと同じ働き方では、家庭がおかしくなってしまいます。
そこで上司に、しばらく終業時刻の1時間前に退社させてほしいと相談しました。上司はしぶしぶ人事に相談したようですが、その途中でオーナー社長の耳に入ってしまいました。
翌週の朝礼で社長は、全社員を前にこう言い放ちました。
「最近、仕事をおろそかにして男も育児をしたいと言い出すやつがいるそうだが、うちの会社ではそういうことは絶対に認めない。男は仕事を通じて、家計に貢献するのが一番大事だ。それが嫌なら、辞めてもらって結構だ!」
実名をあげませんでしたが明らかに私のことと分かり、めまいがしました。何人かの同僚は「社長ってあんな考えだったんだ」「本当にひどいよな」と声をかけてくれました。
社長は言い出したら聞かない人ですが、こんな筋の通らないことを認めさせるわけにはいきません。いま独身の人を含め、よくない慣習に苦しめられるきっかけになるのも耐えられません。何とか対抗したいのですが、よい方法はないものでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
人事から「改正育児介護休業法」のレクチャーをさせる
この社長には、法改正の動向に関する知識が不足しています。平成22年に育児介護休業法の改正があり、平成24年7月1日からは従業員100人未満の会社でも施行されます。改正のポイントは「子育て期間中の働き方の見直し」や「父親も子育てができる働き方の実現」などです。この会社の場合は施行まで数か月ありますが、趣旨を考えればそろそろ取組みを検討し始めてよい時期であり、社長がこれに逆行する発言をするのは考えものです。
詳しくは政府広報や厚生労働省のサイトを見ていただくとして、今回の相談内容に関係するところを紹介すると、事業主には、3歳未満の子どもを養育する労働者が希望すれば「短時間勤務(1日原則6時間)」や「残業・休日出勤の免除」ができる制度づくりが義務づけられます。妻が育児休業中の夫でも利用できます。また、育児休業はこれまで一度きりしか取得できませんでしたが、子の出生後8週間以内に一度取得した場合、理由がなくても二度目の取得ができるようになります。こうした改正内容を踏まえ、子育てをしやすい環境を整えるのは会社の責任です。人事は社長にきちんとレクチャーし、育児休業の取得を含め申請があった場合には認めるようにすべきです。
臨床心理士・尾崎健一の視点
子育て支援が社会的な課題であることを理解させる
社長の頭の中は、「夫は会社に尽くして稼ぎを確保し、妻は専業主婦で家庭を守る」という考えで占められているのでしょう。しかし、社長はこの男性社員に、それだけの十分な給与を支払えているのでしょうか。夫の稼ぎだけで家計を維持できず、共働きせざるを得ない家庭が多くなっています。妻の職場復帰を前提とすれば、夫の家事・育児参加は欠かせません。育児に対する考え方が古いといったこと以前に、家計を継続的に維持していこうと思えば、この社長のような考えに従う社員はいなくなります。
ただ、組織、人員、金銭といった面ですぐに対応できない会社があるのは確かでしょう。改正育介法を理解し、その方向で会社を変えていくことを前提に、助成金を活用することも考えられます。近くの都道府県労働局雇用均等室に相談するよう人事に提案してみてはいかがでしょう。なお、子育て支援は、人口減少と高齢化に直面する日本の緊急課題です。自分の会社や職場しか頭にない社長や社員でも納得できるように、このあたりの社会的背景を人事が分かりやすく説明する必要があるのかもしれません。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。