ゴルゴ13は「プロフェッショナル」と呼べるのか

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   『ゴルゴ13』――。言わずと知れた、さいとうたかをの人気劇画だ。狙撃者デューク東郷の物語。国籍も年齢も不詳。しかし受けた依頼は確実に達成する。第1話が1968年に掲載されたというから、かれこれ43年にもおよび人気を博し続けている。僕が大学生だった1980年前後は、映画化されたりアニメ化されたり、大変な人気だった。

   大学を出て入社したのは、コンサルティングファームのマッキンゼー。当時の新人研修は、2週間にわたって行われた。問題提起の仕方や問題解決方法、戦略の実施に当たっての組織論などテクニカルなプログラムばかりでなく、コンサルタントとして成長するための「哲学」の部分においても、十分に配慮されたものだった。その中のひとつの講義が「プロフェッショナリズム」だった。

プロには「知的体系」が必要である

(カット:長友啓典)
(カット:長友啓典)

   コンサルティングファームの世界では、この「哲学」が実は非常に大きな意味を持つ。マッキンゼーは、形のあるプロダクトに値段をつけて売っているわけではない。たとえ弁護士のような資格を持っていたとしても、個人任せにしていてはサービスの内容が個人によって大きくぶれる可能性がある。

   しかも、仕事の対象はどんどんグローバル化している。ひとつのファームに属する面々が同じ「プロフェッショナル」という哲学を共有しない限り、一貫性を持ったサービスを提供できないことになる。

   講義の冒頭においての投げ掛けは、ゴルゴ13は果たして、ここでいうところの「プロフェッショナル」かどうか、というものであった。そうした投げ掛けを行う以上、「プロフェッショナル」では決してないということである。では、なぜそうではないのか。

   論点は確か2つだった。ひとつは知的体系を有するかである。知的体系とは、科学や医学、工学に代表されるように、事実が検証され客観的に正しいとされ、それらが論理的に体系化されたもののことである。体系化されているからこそ、普遍的であり、また再生産可能であり、世界中の至るところで、同質のサービスを提供できることになる。

   この知的体系の有無については、講義の中ではゴルゴには備わっていないものとされた。ただ、僕はそうは思わなかった。少し前まで愛読書としていた大学生の目には、ゴルゴは明らかに知的体系をバックグラウンドにしているように思えた。

   どの巻を読んでみても、知的専門性に裏付けされた行動が随所に現れる。ときに、それは医学、化学、物理学などの知識であったりする。

   中でも私にとって印象に残っているのは、南半球から来た暗殺者と闘うストーリーの中でコリオリの力を計算に入れて狙撃することである。地球の自転によって、北半球と南半球では弾道がわずかに異なるのである。コリオリの力は、確か中学生のときに授業で学んだが、こういうことかと実感を持ったのはまさに『ゴルゴ13』だったのだ。

どこまでも厳しく「倫理性」を貫くこと

   もうひとつの論点は、倫理性だった。これについては、明らかにゴルゴは満たしていない。なぜかと言えば、業務内容には何らかの形で殺人が含まれる。当然違法であり、倫理的であるはずはない。

   ただ、一般企業の業務に当てはめてみると、ゴルゴほど倫理的ではないことが明白ではなくとも、微妙な倫理問題は多い。

   たとえば、顧客にとって必ずしも必要でないサービスや商品を、自分の業績のために巧みに売り捌くことは、はたして倫理的なのかどうか。

   逆に原材料や何らかのサービスを調達する立場になったとき、取引する気はさらさらなくても情報収集のために提案書や見積りを求めたり、ましてはその情報を親密な取引先に提供し有利な提案を得たりすることは、どうなのだろうか。

   このような状況をあげようと思えば、一般企業にもいくらだって存在している。実は知らず知らずのうちに、顧客の利益よりも会社、もっと率直に言えば個人の利益を優先できる機会は、いくらでもある。

   「プロフェッショナル」としては、そうした機会を利用することは戒められている。自分の能力を誇示するために、顧客の真の利益に背いたり、不公正な取引に関与したりしてはいけないのである。そうするのは、弱い人間である。

   どこまでも厳しく倫理性を貫くことが、「プロフェッショナル」の要件である。また、長いキャリアの中で必ず訪れる窮地に手を差しのべてくれる人を得られない道に踏み入ることでもある。僕にとって、それを知ったことが一番の幸運だったように思う。

大庫 直樹

大庫直樹(おおご・なおき)
1962年東京生まれ。東京大学理学部数学科卒。20年間にわたりマッキンゼーでコンサルティングに従事。東京、ストックホルム、ソウル・オフィスに所属。99年からはパートナーとして銀行からノンバンクまであらゆる業態の金融機関の経営改革に携わる。2005年GEに転じ、08年独立しルートエフを設立、代表取締役(現職)。09~11年大阪府特別参与、11年よりプライスウォーターハウスクーパース常務執行役員(現職)。著書に『あしたのための「銀行学」入門』 (PHPビジネス新書)、『あした ゆたかに なあれ―パパの休日の経済学』(世界文化社)など。
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