おとなしい若手が「すぐ激怒する主任」に変貌してしまった

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   厳しい雇用環境が続く中、「組織で人を使える」マネジメント能力の高い人の需要は、以前にも増して高まっているそうだ。必要最小限の人材を使って、成果を最大化できる人は、どこの会社でも欲しいのだろう。

   ある会社では、一般職で能力を発揮してきた社員が期待されて初級管理職になったとたん、グループの中でうまく仕事を回せなくなったと、上司が嘆いている。

高学歴、有資格で記憶力もいいのだが

――サービス業の財務部長です。30歳の部下のAさんのことで悩んでいます。彼は一流大学を出て当社の財務部に入り、経理、会計業務の実績を積んできました。

   新人時代からミスも少なく、国家資格も取得する「できる若手」として順調に力をつけてきました。記憶力がよく、打ち合わせの場で過去データの間違いを指摘して、役員を驚かせることもありました。一方、同僚との交流は非常に少なく、地味でおとなしいという周囲の印象でした。

   そんな彼が主任に昇格し、グループを任せてから様子が変わりました。部下として指導を受ける若手から、不満の声が相次いでいるのです。

   特に目立つのは、Aさんの度を超した「仕事の細かさ」と「怒りっぽさ」。チェック用の書類を新たに何種類も作るよう命じられ、困った部下が「チェックが細かすぎませんか?この書類は不要でしょう」と言うと、顔を真っ赤にして怒り始めたそうです。

   私の目から見ても疑問に思えたので「ここまでやる必要があるのかね」と尋ねると、

「私はこのやり方で正確性を保ってきたんですよ。部下にも全員やってもらいますから」

と、普段はボソボソとしか話さない彼が語気を荒くして反論します。

   融通の利かなさはマネジメントに不慣れだからと思っていましたが、度が過ぎる気もします。部下が少しでもミスにつながりそうなことをすると、

「部下が言うことをきかない。私の指導力が足りなすぎる」

と極度に落ち込み、体調不良で休むこともあります。

   同僚が「こんな額のボーナスじゃ生きていけないよ。給与データ書き換えちゃおうかな」と言ったときも、「そんなこと許されると思ってるのか!」と立ち上がって怒り、「冗談だよ」と言われると急に元気をなくしてしまったそうです。

   昇格でメンタル面の負担が増えているのかなと思いつつ、産業医に相談したところ、「それはいちど専門医に見てもらったほうがいいですよ」と忠告されました。どういう問題がありうるのでしょうか――

臨床心理士・尾崎健一のコメント
大人になって「発達障害」が判明することがある

   ひとりで勉強や仕事をしている間は目立たなかった個人的な問題が、グループで仕事をするようになると目立つことがあります。学習能力や作業能力には問題がなかったり特筆する能力があったりするのに、人間関係を円滑に保つことが極端に苦手だったり、想像力に欠けていたり、自分のやり方に過度なこだわりをもったり、感情をコントロールできなかったりする場合には、「発達障害」も疑われます。脳の機能障害と言われていますが、原因はよく分かっていません。産業医の先生は、この可能性を指摘しているのかもしれません。

   基本的には専門医を受診してもらい、本人に必要な対応をしてもらいつつ、職場で同僚が気をつけるべきことを共有することから始めます。広汎性発達障害の場合、一般的に周囲の対応として「本人のペースを尊重すること」「暗黙の了解で物事を進めず、具体的な表現で伝えること」「細かすぎる場合はうまく受け流すこと」などが考えられるでしょう。

   なお、発達障害という診断を受けたからといって、どんな仕事もできないということはありません。誰でも同じですが、できることとできないこと、向き不向きを踏まえて業務を分担し、能力を発揮してもらうことは十分可能です。

社会保険労務士・野崎大輔の視点
専門職として能力を発揮してもらうことも

   発達障害などでなくても、いざ管理職になってみたら、うまく能力を発揮できないということは、多くの人が経験していることだと思います。「名選手、名監督にあらず」といった向き不向きの問題もありますが、単に役割や業務環境の変化にうまく対応できなかったという場合もあります。特に一般社員のときに大きな成果を出していた人は、部下が自分と同じような働きをしないためにイライラし、その末に落ち込むことはよくあるものです。初級管理職に昇格した人に対しては、あまり過重な期待をかけず、本人にも最初は力を抜いて物事にあたるよう釘を刺しておくと、かえってよい結果がでる場合があります。

   もしAさんが発達障害と診断された場合でも、できる仕事はあるのですから、それを理由に解雇することはできないでしょう。配置転換も考えられますが、これまでの職歴から考えて異動は難しいかもしれません。ある面では優秀な実績をあげてきたのですから、マネジメントとは別のキャリアパスを考慮し、専門職として処遇することも考えられます。


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(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。

尾崎 健一(おざき・けんいち)
臨床心理士、シニア産業カウンセラー。コンピュータ会社勤務後、早稲田大学大学院で臨床心理学を学ぶ。クリニックの心理相談室、外資系企業の人事部、EAP(従業員支援プログラム)会社勤務を経て2007年に独立。株式会社ライフワーク・ストレスアカデミーを設立し、メンタルヘルスの仕組みづくりや人事労務問題のコンサルティングを行っている。単著に『職場でうつの人と上手に接するヒント』(TAC出版)、共著に『黒い社労士と白い心理士が教える 問題社員50の対処術』がある。

野崎 大輔(のざき・だいすけ)

特定社会保険労務士、Hunt&Company社会保険労務士事務所代表。フリーター、上場企業の人事部勤務などを経て、2008年8月独立。企業の人事部を対象に「自分の頭で考え、モチベーションを高め、行動する」自律型人材の育成を支援し、社員が自発的に行動する組織作りに注力している。一方で労使トラブルの解決も行っている。単著に『できコツ 凡人ができるヤツと思い込まれる50の行動戦略』(講談社)、共著に『黒い社労士と白い心理士が教える 問題社員50の対処術』がある。
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