昔は上司と部下が酒を酌み交わして、いろいろと個人的な話をしながらお互いの理解を深めていったものだが、今では「飲みュニケーション」という言葉も死語になってしまった。
ある会社では、面談によって部下のプライベートな部分を知ろうとしたら「個人情報です」と返された上司がヘソを曲げてしまった。
出鼻くじかれた部長「面談もうやめた」
――専門商社の人事です。先日、中間管理職の能力底上げのために、外部講師を呼んでマネジメント研修をしました。その中で、
「あなたは自分の部下について、どのくらい知っていますか?」
という質問が出たとき、よく知らない、自信がないと答えるものが続出しました。
講師によると、管理職のマネジメントには「仕事」と「人」の両面のケアが必要で、普段から部下の人間的な要素を理解しておくことが大切ということでした。
参加した管理職からは、技術志向の高い社風もあり、人間関係や人の心の動きには無頓着だったという反省も出ました。
そこで、企画部長が真っ先に社員のカルテを作って面談し、趣味や家族構成などを聞こうとしたところ、部下のA君から「利用目的は何ですか」と尋ねられたのだそうです。
A君は、「プライベートなことは個人情報です。利用目的がはっきりしていなければ話したくありません」と言ったのだとか。部長は出鼻をくじかれて、
「こっちだって痛くもない腹を探られたくないよ。もうやめた」
と面談を中止してしまいました。
他の管理職からは、人事がちゃんとルール化して始めないから問題が起きるんだと責められてしまい…。こういうことは、どうやって進めたらいいものなのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
情報の管理が重要。酒の席での話題などもってのほか
A君が言うように、社員のプライベートな情報は「個人情報」として保護の対象となります。調査票に書き込んでもらったり、ヒアリングをしたりする前に「日々のマネジメントに必要な情報を知りたいので、差し支えない範囲で教えてくれないか」と伝えておけばよいでしょう。
利用目的とともに重要なのは「情報の管理」です。社員票やカルテを作る場合には、紛失したり盗まれたりしないよう注意し、鍵の掛かる場所に保管しなければなりません。雑談の話題を書き留めた手帳やノートであっても、同じように神経を使う必要があるでしょう。必要に応じて人事部が保管し、次の管理職へきちんと引継ぎをすることも考えられます。
酒の席などで「あいつの家族、実は…」と興味本位で話題にするのも、もってのほかです。口伝えに広まって本人の耳に入るかもしれません。情報管理への信頼を失うと、二度と情報を集めることができなくなるので、人事はその点を管理職に徹底すべきです。
臨床心理士・尾崎健一の視点
「仕事の話中心」でも、いろんな情報を得ることができる
部下のマネジメントを考える上で、ある程度の個人情報の把握は必要です。一人ひとりに合った褒め方や叱り方を選ぶ際に、部下の性格や生活スタイルを理解しておくことが重要ですし、部下に仕事を振ったりキャリアプランを考えたりするときに、直接的な業務だけでない趣味や嗜好に関する情報が役に立つこともあります。
とはいえ、あくまでも個人情報の収集は「日々のマネジメントに必要なもの」を中心に行うべきです。仕事とかけはなれたことを根掘り葉掘り尋ねられれば、誰もが不快になります。情報収集を全面に押し出すのではなく、仕事上の問題点を聞き取り、それに対する管理職のアドバイスへの反応によって、仕事に対する意欲や志向がかなり理解できるはずです。趣味の話題に花開かせるのは、それができた先のことです。基本は相手の言いたいことをよく聴くことですが、言いたいこと言いやすくするために管理職自身の価値観やスタイルを自分から明かしていくのもひとつの方法でしょう。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。