50歳の時点で一度も結婚したことのない人の割合を示す「生涯未婚率」は、男性で19.4%にのぼり、2030年には約3割となる見込みだという。
ある会社では、「担当者は既婚者の方がいい」という顧客の要望にどう対応すべきか、副支店長が頭を悩ませている。
「別の社員を探そうか」と支店長
――地方の金融機関の副支店長です。秋の異動で、大口顧客の担当者を変更することにしました。そのことをお客さまに伝えに行ったのですが、反応がよくありません。
いわく「担当者が独身者では、頼りない」とのこと。これまで担当だったA君は、結婚5年目の既婚者。30代半ばで、子どもは2人います。
一方、新しく担当を予定しているB君は、A君の3歳年下で独身。身なりに清潔感があり、仕事ぶりも誠実で能力に問題ありません。
確かに昔は、社内にも「オトコは結婚して一人前」といった価値観をもった人が多くいました。結果的に、現在の管理職はすべて既婚者という状況ではあります。
しかし、今はそんなことを言っていては優秀な独身者を有効に活用できませんし、なにしろ数も増えているので、既婚か否かといったフィルターなどかけていられないのが現実です。
もう廃れた価値観だと思っていたのですが、久しぶりに面と向かって言われると、大口だけに対応にも迷いが出ます。支店長に相談したところ、
「お客さんが言うなら、しようがない。別の担当者を探そうか」
と言います。B君に、それとなく話したところ、
「ボクは当面、結婚する予定はないですよ。これからも大口は持てないということですか」
と呆れて苦笑していました。本当は、相当に腹を立てているのではないかと思います。支店長の言うとおりにするしかないのでしょうか――
臨床心理士・尾崎健一の視点
理不尽な要求を簡単に認めると士気が下がる
相手が大口とはいえ、顧客の理不尽な申し出を認めれば、組織のモチベーションは下がります。特に、結婚に対する価値観が多様化し、独身者や晩婚者が増えている中で、仕事の能力とは別な要素と「信頼感」を結び付けられてしまっては、本人が不本意に感じるのは当然のことです。B君の能力を確認し、独身であっても担当に足る能力があると確信できれば、顧客にその旨を説明することが第一歩です。支店長に頼んで太鼓判を押してもらうか、副支店長が説明のために再度足を運んでもよいのではないでしょうか。
支店長の説明でも顧客の翻意が難しければ、担当を変えるしかありませんが、その際にはB君や他のメンバーにも心理的なフォローが必要だと思います。会社のポリシーを示し、なすべき手続きを踏んだが、残念ながら顧客に受け入れられなかったという説明をすることです。その上で、顧客の「評価」を社内の評価に直接つなげないと宣言しておくことも必要でしょう。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「既婚」以外の信頼感を確保する体制を作る
なぜ大口顧客は「既婚者の方が信頼できる」と思ったのでしょうか。それは、結婚すればヘタなことはできないので、自分が預けた資産を損なう行動はしないと思われているからです。金融機関や大手企業では、既婚者に低利で住宅ローンをあっせんして「足抜け」できないようにしつつ、組織への忠誠を誓わせ、不正をけん制していたという経緯が確かにあったと思います。この名残から、独身者は顧客の資産を持ってトンズラしてしまうかもしれないと不安がる人もいるのでしょう。
しかし現在は、組織としても終身雇用を保障できませんし、中途で入退社する社員もいるでしょうから、「(生え抜きの)既婚者なら信頼できる」という条件は崩れています。組織としては、それに代わる信頼感を顧客に対してアピールする体制を作る必要があるかもしれません。たとえば、正副担当者を立てて、大きな取引の際には管理職を含めて二重、三重のチェックをするような体制にすることが考えられます。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。