就活生の「大企業志向」が止まらない。リクルートは学生の価値観が多様化したなどとして「就職人気ランキング」の公表を中止したが、給料が高くて休みが多く、雇用も安定している人気大企業へエントリーする学生は圧倒的に多いようだ。
逆にいえば中小企業には、給料が安く休みも少なく、長時間労働で使い捨てにされる「ブラック企業」の割合が高いということだろう。しかし一方で、カネにモノを言わせた「ブラック大企業」の恐ろしさは、中小企業の比ではないと指摘する人もいる。
セクハラ被害の女性が大企業に訴えられる
違法行為のもみ消しや不当な圧力――。企業小説か、古いテレビドラマの話かと思われるような世界が、実は水面下でいまでも続いていると指摘するのは、ブラック企業アナリストの新田龍さん。
学生の就職支援サービスも行う新田さんの下には、さまざまな企業の良い情報、悪い情報が集まってくる。
「最近耳にして衝撃的だったのは、自社に都合の悪い社員を辞めさせるために、人事部と産業医が結託して『メンタルヘルス不全』のウソの診断書を作成し、退職に追い込んだケースです。誰もが知っている大企業なのですが…」
大企業の産業医は、多額の報酬で安定的な仕事を委託されている。中には職業倫理よりも、企業側の都合におもねってしまう人もいるのかもしれない。
セクハラやパワハラのもみ消しも、よく聞くケースだという。ある広告代理店勤務の女性Aさんが、クライアントである大手シンクタンクの男性から強制わいせつ行為を受けた。そこで男性の会社に被害を訴えたが、まるで取り合ってもらえない。
そのうち、キャビンアテンダントなど多くの女性が、同じ男性から被害を受けていたことが判明。Aさんは「被害者の会」を結成し、再び会社にセクハラ行為の事実確認をしたところ、会社はAさん個人に対して損害賠償訴訟を起こしたという。
実際の訴状を見たという新田氏は、大企業の訴えのずさんさと悪質さに憤る。
「1000万円の損害賠償というが、損害の算出根拠が不明。立場の弱い女性を狙い撃ちし、脅かす意図が明らかだ。証券系の会社には、かつて総会屋対策などウラの仕事を一手に引き受けてきた部隊がおり、この種のもみ消しはお手の物だと聞くが、とても看過できない。有名企業だが、自分が教える学生には就職先として決して推奨できない」
日本にもできるか「反いやがらせ訴訟」
大企業から高額の損害賠償を請求されれば、個人には精神的なプレッシャーだけでなく、弁護士費用などの金銭負担や、訴訟対応の物理的負担がのしかかる。「セクハラの件は、いっそ泣き寝入りしようか」と追い詰められても不思議ではない。
海外事情に詳しい須田洋平弁護士によると、大企業がおどしやいじめ目的で、立場の弱い個人を訴える「いやがらせ訴訟」は、欧米では「SLAPP(スラップ)訴訟」と呼ばれているという。
勝訴判決を得ることが目的ではなく、企業に対する権利要求を取り下げさせることがねらいだ。このような行為を制限する「反SLAPP法」は、すでに米国の複数の州で制定されており、日本でも制定を呼びかける声もあるようだが、ことは簡単ではないらしい。
「反SLAPP法を制定しても、企業や個人が裁判を受ける権利や、表現の自由を不当に制約しているのではないかという指摘があります。そのため、特定の訴訟をSLAPPだと退けることは簡単ではなく、法を機能させるには困難が伴うわけです」
新田氏は、日本でも大企業が関わる「SLAPP訴訟」と思われるものがあるという。実際に法で禁ずることはできなくても、発達したインターネットのコミュニティを通じて就活生の耳に入るようになれば、「大企業にダマされるな」と警戒する流れができるかもしれない。