1980年以前には3割台を維持していた労働組合の組織率(推定値)も、最近では1割台にまで落ち込んでいる。その一方で、「会社の横暴」にブレーキをかけるために、あらためて労働者が力を合わせた方がよいという意見も一部で上がっているようだ。
ある会社では、大規模リストラを懸念する社員が中心となり、労働組合を結成しようとする動きがあると聞いて、人事部長が青ざめているという。
「リストラよりトップの退陣が先だ」
――中堅システム開発会社の人事担当です。リーマンショック以降、大手クライアントからの発注が回復せず、会社の業績はジリ貧状態が続いています。
人事としてはこれまで、昇給の凍結や賞与の抑制、福利厚生のカットなどの経費削減策を断行してきました。この春からは節電も兼ねて、残業も厳しく制限しています。
経営陣からはさらなるリストラに向けて、ベテラン社員を中心とした退職勧奨を検討するよう指示を受けています。
そんな雰囲気を察知したのか、営業部の40代Aさんが社内の有志を集め、労働条件の見直しを含む会社への要求事項をまとめている、という噂を聞きました。
Aさんにそれとなく水を向けてみたところ、「このままでは、われわれ社員は使い捨て。首切りの前に、トップの退陣と管理職の報酬カットは不可欠ですよ」と表情を曇らせます。しまいには、
「賛同者を募って労働組合を作ろうという話も出ている。どうしてもリストラが必要なら手続きは公平にしなければならないし、条件面でも注文を出したい。そんなことになる前に、会社は社員が納得できる経営改革案を出すべきじゃないですか?」
と、こちらを脅かすような強硬なセリフまで飛び出しました。
人事部長に報告したところ、飛び上がって驚き、「組合なんか作らせたら、お前も俺も即クビ決定だよ」と嘆き、会社批判をして集まる人たちへの懲戒処分を検討しようとしています。これから、どうやって対応していったらいいのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
健全な労働組合の結成は悪い点ばかりではない
労働者が団結して会社と交渉する権利は、憲法で保障されています。いかにワンマン社長であっても、憲法に違反する行為は許されません。労働組合を結成しようとしたことを理由に、会社側が労働者に対して解雇や嫌がらせなどをした場合には不利益取扱いとなり、労働組合法の不当労働行為で罰則が科せられます。つまり、会社は「組合を作るな!」とはいえないわけです。
ここは、なぜこのような事態になったのか、原因に立ち戻って考えてみるべきではないでしょうか。不況や業績悪化はともかく、リストラ実施にあたって社員とコミュニケーションが不足していたのではないでしょうか。健全な労働組合を作らせるのは必ずしも悪いことばかりではなく、労働者の要望を聞いて対応を決めたり、会社の方針を伝えたりする窓口として機能させることも考えられます。ただし労働組合が結成されれば、労働条件を定める団体交渉は正当な理由がない限り拒否できなくなることに注意が必要です。
臨床心理士・尾崎健一の視点
摩擦のタネはできるだけ少ない方がよい
労働組合結成のメリットは野崎さんが書かれた通りですが、一方で労働組合がいったんできてしまうことで、「活動のための活動」が増えてしまう懸念がないではありません。会社への対立姿勢が強硬になったり、会社への要求がむやみにエスカレートしたり、上部団体との付き合いにお金や時間が取られてしまったりすることも考えられます。そのような活動によって会社の生産性が落ち込んでしまうことがあっては、会社はもちろん社員にとっても得策とは言えないのではないでしょうか。
とはいえ、会社との交渉は個人では限界がありますし、会社が社員個人と交渉するのも手間がかかります。そこで、あえて組合という形を採らなくとも「従業員の過半数を代表する者」を立てることで、法的な交渉ができることをAさんたちに知らせてみてはどうでしょうか。「社員会」などという名称で、社員の意思を会社側に伝える組織を作っているところはたくさんありますので、研究をおすすめします。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。