遅まきながら「成果主義」を掲げ、働きを給与に反映させる「業績評価」のしくみを見直している会社があるようだ。もっとも、ウラのねらいは「給与の伸び抑制」だったりして、必ずしも社員のモチベーションを高めるものではなかったりする。
ある会社では、社長自ら業績評価制度に口を出し、毎年のように見直しをしているのに、現場の管理職や社員からは冷ややかな反応しか返ってこないと、担当者が悩んでいる。
若手は無関心、管理職は「もう変えないで」
――中堅ITシステム会社の人事担当です。社長の代替わりがあった5年ほど前、全社的な人事制度の見直しを行いました。
当時、「働きの悪い人でも給料が変わらないのはおかしい」と若手の退職者が続出したのが、社長から人事に指示があったきっかけでした。年功序列そのものだった制度をやめ、年度の目標管理の結果を反映して、賞与に幅を持たせるようにしました。
社長は「ようやくウチも成果主義だな」とご満悦で、年度始めには「今年はここをこうしてみよう」と微調整の指示を出してきます。
しかし、現場からの反応は正直に言って、あまりパッとしていません。管理職からは「評価の基準が毎年コロコロ変わると、制度に慣れるのが大変」という不満が出ています。社員の反応はというと、中堅や若手から、
「評価シートの記入が煩雑なわりに、頑張りが反映されない」といった声が聞かれるものの、どうせ不満を言っても会社は変えようとしないだろうと、もはや諦めから関心が希薄になっている感じです。
「実質的に以前の給与と変わっていない」
確かに、評価の実態は保守的で、中高年の給与は高止まり、若手は安止まり傾向です。制度見直し後も、手続き以外は会社が代わり映えしていないことは認めざるを得ません。
担当者としては、このままではいけない、なるべく多くの人の不満を解消しながら改善を図っていきたい、と思っているのですが、「もう変えないで」という人もいるし、社長に提案するにも何に焦点を当てたらよいのかなど、いろいろ弱っています――
臨床心理士・尾崎健一の視点
重要なのは「運用」。「評価バイアス」を回避する教育を
人事制度は、会社の状況や経済環境の変化に応じて形を変えるべきで、見直し自体は悪いことではありません。しかし、あまりにコロコロ変えていると、管理職は部下の働きを観察して評価するのが面倒になり、「よく分からないから去年並みでイイや」ということになりかねません。細かい問題を承知しつつ、何年かはガマンして続けてみることも大事なことです。それによって、会社として望ましい運用のコツもつかめてきます。
また、いくら立派な評価指標を設計しても、個人に当てはめる段階で心理的な「バイアス」(不公平な偏り)がかかっては意味がありません。上司が部下と馴れ合っていたり、部下の仕事ぶりをきちんと観察できていなかったり、評価の根拠に自信を持っていなかったりして、部下たちの評価が標準点に集まる「中心化」が起こっているおそれがあります。様々な評価バイアスを、評価者教育で回避する対策も必要です。同僚や部下にも評価に参加させる「360度評価」によって、マンネリ化を打破しようとする会社もあるようです。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
バランスより戦略性。「何を重視するか」明確にすべき
仕事の成果を数値化しやすい仕事と、しにくい仕事がありますが、業績評価制度は「会社がどのような成果や行動を重視するか」を明確にし、目指す成果に貢献した人や、望ましい行動をした人を高く評価するものでなければ意味がありません。社長の満足と裏腹に「働きの悪い人でも給料が変わらない」という当初の問題が解決できていないおそれがあります。本当に会社を変えたいのなら、人事戦略を練り直し、年功的要素をどのくらい排除するのか、単年度の成果をどの程度評価や給与に反映させるのか、再考すべきです。
とはいえ、いわゆる成果主義が最高の制度とも限りませんし、年功的要素が全て悪ともいえません。会社の風土によってどの要素を重視するかは異なります。人が人を評価する限り、絶対的な公平さなど不可能です。個々の不満に振り回され、従業員間のバランスを取るのに奔走しているうちに、焦点がぼやけてしまうことはよく起こります。「従えない人は辞めても仕方がない」というくらいの覚悟を持って、自社のスタンスをしっかり決めることが重要かもしれません。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。