大手自動車メーカー社員の男性が自殺したのは、会社が長時間労働や上司のパワハラを放置したため――。2011年2月28日、神戸地裁姫路支部は会社に対し、男性の両親に約6400万円の損害賠償を支払うよう命じた。
入社3年目、25歳だった男性は、入社20年のベテラン社員が担当していた購買業務を引き継ぐ形で異動。前任者も過重労働で体調を崩していたという。
裁判所の「常識」が変わりつつある
男性の時間外労働は、自殺直前に月80時間を超え、部品をめぐってリコール問題が起きるなど取引先とのトラブルも頻発していた。
しかし上司は、男性に対して「残業は業務効率が悪いからだ」「自宅に持ち帰ってやれ」などと叱責。孤立無援の状態に置かれた男性はうつ病を発症し、社宅の自室で首つり自殺した。
この上司は男性の自殺後にも、職場で笑いながら「あ、亡くなったわ」「この忙しいのに」と発言したり、同僚が男性の机に花を飾ろうとしたときに「大っぴらにするな」と制したりした。
葬儀の場でも、弔文原稿に目を通しながら冗談めいた口調で「泣かすよなあ」と言ったという。こういった事後対応の悪さについても、判決は「両親は二重に精神的苦痛を被った」として損害賠償の加算要因と認定している。
弁護士の須田洋平氏によると、今回のように裁判所が会社の安全配慮義務違反を認めるケースが、ここ数年で増えているという。その背景には、裁判所における「常識」の変化があると見る。
「長時間労働やパワハラ、セクハラが原因で労働者の健康が悪化し、うつ病や自殺に至ることがあるというのは、いまや社会的な常識になっています。しかし、以前はそうではありませんでした」
長時間労働は、以前から存在していたが、それがうつ病を引き起こすかどうかの「予見可能性」はなかった、と会社が主張すれば、裁判で認められていた期間が長かったのだという。
過重労働を是正しない「行政の怠慢」を訴える声も
「常識」が変わったのは、大手広告代理店社員の自殺を巡る2000年の最高裁判決だ。
上司は、徹夜で仕事をする部下の健康状態が悪化していることに気づきながら、納期を守るよう強調するだけで、業務量を適切に調整する措置を採らなかった。このことに対し、裁判所は会社の責任を認めた。
労働基準監督署も、過労自殺などについて労災を認めるケースが増えている。09年度では、自殺の労災請求157件のうち63件が認定されている。
11年2月22日には、自殺が労災と認められた男性の遺族が、月200時間までの時間外労働を認めた労使協定を是正しなかったのは「行政の怠慢」として、国に1億3000万円の損害賠償を求めて提訴。行方が注目されている。
苦しそうにひとり深夜まで仕事を抱える社員を見ながら、「若いうちはこのくらいは当たり前」「俺のときはもっと大変だった」などと楽観的に放置していると、会社は大きなリスクを負うことになる。