病気やケガ、出産や育児などで会社を休まざるを得ないときが、誰にでもある。やむをえない理由で一時的に休んでいるときも、会社との雇用関係は続いているし、日々の生活の糧も必要だ。出産を控えて休業中のある女性は、会社から届いた給与明細の金額が「マイナス」だったことに大きなショックを受けている。
「一番トク」と助言に従ったはずなのに
――製造業の事務職です。出産を控え、先月から産前休業を取っているところです。以前から子どもが欲しかったので、主人ともども喜んでいます。
不景気の影響で主人の給与やボーナスが減り、家計がとても苦しいこともあって、休業後はいまの仕事に復帰する希望を上司に出して、快諾してもらいました。
休業に当たっては「一番トクになるように」と、会社の人事に相談しました。休み中も給与が急に減らないように、最初は有給休暇を全部消化しようと思っていたのですが、担当者から止められました。
「そうすると、せっかくの出産手当金がもらえませんし、復帰したときに有休が残っていないと困ることがありますよ」そこで助言に従い、有休は半分だけ消化して、残りは産前休暇を申請することにしました。
ところが、先日会社から送られてきた給与明細票を見て、頭上から冷水をかけられたようなショックを受けました。
なんと、差引支給額の欄がマイナスになっているのです。
休みの前には人事の担当者から、「社会保険料は免除されますから」と言われたはずですが、明細を見ると、しっかり引かれています。
さらに住民税や社宅利用料などもゴッソリ天引きされているので、マイナスの額はめまいがするほどです。普段から、こんなに引かれていたとは思いませんでした。
これでは約束が違います。人事は、会社が得をするように仕向けたのではないのでしょうか。もうすぐ出産予定日なのですが、不安になってきました。こんな人事の言うとおりに任せておいて、これからも大丈夫なのでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
出産手当金などとトータルで見れば大丈夫
結論から言うと、人事のアドバイスは間違っていないでしょう。安心してください。産前産後休業中に会社から給与が支払われない場合、健康保険組合から賃金の3分の2相当の金額が「出産手当金」として最大96日分支給されるからです。一方、休業中も会社から給与が支払われる場合や、有給休暇を消化した場合には、出産手当金は支給されません。
説明が足りなかったとすれば、社会保険料(健康保険と厚生年金)が免除されるのは育児休業が始まってからであり、産前産後休業中は免除されない点があいまいだったことです。給与ゼロの状態から、社会保険料のほか、住民税や社宅費用などが引かれるので、給与明細の差引支給額は一時的に大きくマイナスになることもあります。
しかし、産前産後の出産手当金のほか、育児休業中にはハローワークから育児休業給付金(賃金の50%相当)が別途指定口座に振り込まれますので、トータルではマイナスにならないはずです。病気やケガでの休職中にも「マイナス給与」が生じることがありますが、傷病手当金と相殺すればプラスになるでしょう。
臨床心理士・尾崎健一の視点
会社は「書面」で不安を取り除く準備を
出産にしろ傷病にしろ、会社を休んでいる間には何かと先行きが不安になるものです。安心して休める環境を作るためにも、金銭の確保による生活基盤の安定は欠かせません。社会保険料などは普段は意識していない人も多いので、いざ目にすると多額に思えるかもしれません。会社側からの十分な事前準備が必要です。
出産や育児のように、休業期間があらかじめ明確になっている場合には、人事が支給額と控除額の概算を示しておくのが理想です。少なくとも「この期間はマイナスの給与明細が届く」ということや、マイナス分の精算方法の説明は必要でしょう。
特に注意したいのは、家族の関係性の中で不安が増長することです。別のケースですが、大黒柱の男性が休職した際に、給与明細を奥さんに見せられずに隠していたところ、見つかって強くなじられたという人もいるようです。わかりやすい「休職時の給与支払いの仕組み」の説明資料を作り、家族にも見てもらえるようにすると無用な誤解を招かずに済むのではないでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。