「最近の若手は、ちょっと体調が悪いからといってすぐ休む」と愚痴をいうのは、部門業績の責任を負う上司の言い分。ムリに出社させると若手から「なんというブラック企業」と反発されそうですが、世の中にはその逆を志向する人もいるようです。
業務命令なら「休業手当を支払え」?
――商社の人事部です。マーケティング部長から、32歳の男性部下A君について相談がありました。彼は1カ月ほど前から体調が優れなかったようですが、ここ3日ほどは顔を赤くほてらせて、フラフラしながら仕事をしているのだそうです。
見かねた部長が、
「熱があるんじゃないか。少し休んだらどうだ」などと声をかけていましたが、A君は「あと少しで仕上がるんで。もうちょっとなんですよ」と言って、相変わらず仕事を続けているとのこと。
確かに、A君に任せたキャンペーンの開始はあと半月に迫っており、準備作業が佳境に入っています。しかし、もしもインフルエンザのような病気だったら、部内の他の人にも感染して被害は拡がってしまうおそれも。
そこで「キャンペーン中に休まれたら困るから、明日と明後日は休むように」と伝えましたが、A君は「自分のことは自分が一番わかる。休みませんよ」と聞き入れません。業を煮やして「これは業務命令だ」と言うと、
「ムリに休ませるなんてヒドイですよ。病気かどうか分からないのに、そんなことができるんですか。会社の責任で強制的に休ませると、休業手当が必要になるのを知らないんですか?」と声を荒げます。そこで部長は、本当にそんな必要があるのかと、念のため確認しにきたわけです。
A君は有給休暇を20日間残しているので、それを使って休んで治せばいいのではないかと思いますし、だいたい休業手当を出した前例もありません。こんなとき、どうしたらよいものでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
言い分は法的に正しいところもあるが
会社には、従業員の生命や健康を危険から保護する「安全配慮義務」があるので、まずはA君に業務の中止を命じるべきです。病院に行かせ、正しい診断を受けさせることが先決です。これを怠ってA君の症状悪化を放置した場合、最悪、会社に損害賠償を請求されるおそれもあります。他の従業員に感染させてしまった場合にも、同様のリスクがあります。
医師の指導でA君が会社を休む場合、会社は欠勤扱いとしてもいいし、社員が有給休暇を使うことも問題ありません。一方、医師の指導ではなく会社独自の判断で休ませる場合には、法的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」として休業手当を支払う義務が発生します。A君が有給休暇を消化しないと主張したときには、平均賃金の6割を支払わざるを得ないことになるわけです。
ただ、自分の体調を回復させるために未消化の有給休暇を使わない従業員というのも、相当変わっていると言わざるをえませんが・・・。
臨床心理士・尾崎健一の視点
「なぜ休もうとしないのか」にも着目する
部門の業績の責任を担う上司としては、「自分の仕事をやり遂げたい」「休んだら迷惑がかかる」という部下の責任感を歓迎したい部分もあるでしょう。しかし、だからといって受診を本人任せにしておくと、野崎さんが指摘するようなリスクが生じます。
逆に、病気で休みがちだが周囲が口出しできない人もいるかもしれません。人事部は「従業員が病気にかかったときのガイドライン」を作り、普段の健康管理上の留意点や、休業者の発生に備えた業務体制などについてまとめておくことが考えられます。
部長は、「なぜA君は休もうとしないのか」という心の部分にも目を向ける必要があるかもしれません。業務の配分が悪くA君にしかできない仕事があるのかもしれませんし、職場の人間関係の中で弱みを見せられないと感じていたりするのかもしれません。不安に耳を傾け、体調回復のために安心して会社を休める環境を整えることも、管理職の責務といえるのではないでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。