あんなに騒いだiPad また「積ん読」で終わりそう

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   J-CASTニュースに掲載されていた記事、「iPad『もう飽きた』の声 『重たい』『使えない』と不満」を読んでいた知人がいました。

「まあ、ほとんどコメント欄で言われ尽くしてる感じだけど、本当に日本人ってブームに弱くて、飽きやすいよね」

   5000万ぐらいある世帯の中で、50万台ほどが売れているというのは、そんなに大きな数字でもなく、というか、たった1%程度だし、それをもって日本人を語るのも無理があるのではとも思いますが、言いたいことはわかります。

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壮大な夢を語った「ウェブ2.0」の再来か

   かつて、「Web(ウェブ)2.0」という言葉が流行りかけました。

   ウェブ上の情報について、これまでは送信側からの一方通行だったのが、送信側と受信側とが固定されずに流動的になる。その結果、既存の情報主体がもっていた権威性があいまいになり、さまざまな観点から情報への価値付けがされることによって、既存の価値や権威が「フラット化」される、と――。

   だいたい、こんな趣旨だったかと思います。

   そんなことは夢物語だし、ネットが通信インフラではなくメディアとみなされる限り、質量における情報強者の優位性は揺らがないと思ってました。

   新たなかたちで情報強者が出てくることはあるだろうけど、つまるところ「ヒト(人脈とかも含む)」「モノ」「カネ」の問題でもあるので、フツーの人にはなかなか逆転が難しいと見ていたからです。

   変な幻想を持たせて、何の商売がしたいんだ、とすら疑っていました。

   が、そんなことはおくびにも出さず、「この新しいウェブサービスは、いわゆるウェブ2.0的なものですね」などと散々コメントしたものです。そのとき、8割ぐらいの確率で、

「ウェブ2.0的って、どういうことですか?」
と聞き返されました。

   ウェブ2.0についての書籍は、当時、軒並み売れていましたし、ビジネス系の媒体を中心に解説記事もたくさんありました。社会人どうしの仕事や取材の場なのに、知らない人のほうが多いって、あの売れた書籍や雑誌は「積ん読」に過ぎなかったのね・・・。

   ウェブ2.0といい、iPadといい、流行に熱しやすいわりに、理解もままならないうちに冷めてしまって放置してしまう人がいる。知人は、そうした人に対し、脱力感を持っているのでしょう。

恩恵を受けたのは英語ができるお金持ちだけ

   ただ、iPadによって、仕事や日常がとても便利に、快適になった人がいるのも事実。

   別の知人は、iPadを手に入れたおかげで、初めてネットの恩恵を受けていると実感しているそうです。

「家と仕事場のパソコンを、丸ごと持って出ていける感じ。Wi-Fi(無線LAN)があればどこでもネットにアクセスできるし、寝る前に家のパソコンにつないでアプリを探すのも楽しい。海外のアプリを探して機能紹介を読むので、英語の勉強にもなってるし」

   有料のアプリでも、面白そうなら試す意味もあって、ちゅうちょなく購入。最近では「KeyHoleTV」を入れて、テレビ番組もiPadで視聴しているのだとか。

   それにしても、日本語の電子書籍も読めないiPadを楽しむには、いろいろなオプションが必要になります。

   本体の価格、Wi-Fi、有料アプリ、アクセサリ、家のパソコンとプロバイダ料金・・・、デジタルディバイドの真の問題は、やっぱりカネなんじゃないかと思う昨今です。

井上トシユキ


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井上トシユキ
1964年、京都市出身。同志社大学文学部卒業(1989)。会社員を経て、1998年よりジャーナリスト、ライター。東海テレビ「ぴーかんテレビ」金曜日コメンテーター。著書は「カネと野望のインターネット10年史 IT革命の裏を紐解く」(扶桑社新書)、「2ちゃんねる宣言 挑発するメディア」(文藝春秋)など。
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