職場のストレスの原因となる、人間関係や長時間労働。上司やクライアントに振り回されず、無理なく仕事をしたいという人は多いだろう。もし指示や依頼を断ることができたら・・・。ある会社の課長は、部下の態度が急変して困っている。
「以前のAさんに戻って欲しい」
――中堅商社の営業課長です。部下の女性社員が、自己啓発系のビジネス書に影響を受けたらしく、すっかりおかしくなってしまいました。Aさんは入社6年目で、もとは上司の指示を素直に聞いて、迅速に忠実に応えてくれる有能な社員でした。
しかし、今年に入ったあたりから様子が変わり、指示をしても首をかしげて黙っていたり、
「こんなことやって何の意味があるんでしょうね」
などとブツブツ文句を言うようになりました。
繁忙期で同僚が忙しくしていても「勉強会があるので」と先に退社したり、残業を打診しても「今日はできません」「それはBさんの仕事だから、彼女にやってもらった方がいいんじゃないですか」と言って、従ってくれません。
クライアント相手には無理を聞かなければならないときもありますが、最近は「思いつきの依頼にはお応えできません」「生産的じゃないですね」などと口にして、先方の不興を買うこともあると聞きました。合コンに出かけるときなど、後輩の女性たちに、
「モノゴトには優先順位をつけなきゃ。社外の素敵な男性と会うことは、私にとっていま一番大事なこと。仕事にも張りが出るしね。毎日遅くまで働いていたら、出会いはないわ。効率よく仕事を仕上げて、早く帰りましょう!」
と言い残していくそうですが、後輩たちもどう反応してよいのか、とまどっています。このまま放置しておくと、他の社員に悪影響を及ぼすだけです。以前のAさんに戻ってくれると嬉しいのですが、どうすればいいものでしょうか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「現実の問題」を具体的に解決するように仕向ける
Aさんは明らかに問題社員です。業務命令違反で懲戒処分、退職勧奨で――。と言うことは簡単ですので、別の切り口で考えてみます。
Aさんは自己啓発書に影響され、新しい理想を抱き始めたのでしょう。それによって現実が色あせて見え、これまでの仕事に興味を失っているのかもしれません。
とはいえ、Aさんには能力を発揮してもらうしかありません。仕事や職場への不満を聞き取り、理想とのギャップを具体的に解決してもらうように仕向けましょう。まずはAさんの言い分をいったん理解することが必要です。
一人だけ先に帰ることは不快に思われるかもしれませんが、「適切な人員を配置せず連帯責任で長時間労働をさせるのは異常」と考えれば、頭ごなしに悪いともいえません。Aさんの言動を不快に思う風土から変えていく必要があるのかもしれません。
残業の指示を早めにするとか、社員の都合を前もって聞くなど、当たり前の工夫から手を着けはじめてはどうでしょうか。
臨床心理士・尾崎健一の視点
社員とともに「ワーク・ライフ・バランス」を考える
昨今の不況で、会社は新規採用を控え、社員への負担は増えています。会社存続のために仕方ないのかもしれませんが、働く人たちのストレスも急増中です。
今後、このような会社偏重、使い捨ての考え方を変えない経営者の下からは、労働者の大量流出が起こるかもしれません。「こんな会社、辞めた!」という若者が増え、いちど潮目が変われば流動化が一気に進む可能性もあります。
社員は「会社」や「仕事」ではなく「自分の人生の楽しみ」をベースに物事を考え、心身を健康に保てるだけ仕事をし、余暇を過ごすようになるでしょう。
確かにA子さんの言動は問題なしといえませんし、クライアントの問題は自社だけで解決できません。
しかし、中高年が「顧客第一に決まってるだろ」「オレの時代は休みなんてなかった」と言うだけで若い人たちを従わせることはできません。仕事の充実を前提とした本音のワーク・ライフ・バランスを実現する道を、社員とともに考える時期になっているのではないでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。