受注がやや上向きになってきた会社もあるようだが、状況が厳しい製造業は多い。ある会社では、これまで「我慢の経営」をしてきたものの、従業員に溜まっている不満が噴出し始めているという。今回“反乱”を起こしたのは、入社10年目の営業マンだ。
「難しい仕事をさせられて休みもなく不公平」
――鉄鋼会社の営業課長です。ここのところの不景気で、過去最低の売り上げが2年ほど続いています。しかし人員削減には手をつけないよう、ボーナスカットや昇給凍結、新規採用の見送りなど、さまざまな手を打ってきました。
今年に入ってから工場を月に2日停止し、製造部門の従業員には給与の8割の休業手当を支払って休ませています。一方、営業部門は、これまで取引のなかった会社を重点的に回っていますが、新規開拓は思うようにいきません。
そんな中、入社10年目の中堅営業マン、A君が仕事中に映画を観ていたことが分かり、部内で問題になりました。かつて好景気だったときには、成績さえよければ、さほど問題になることではなかったのですが、いまは状況が違います。
彼は要領がよく、仕事をそつなくこなすタイプ。以前と同じ感覚で映画館に入ったのでしょう。部長が注意すると、今まではそんなこと言われたことがなかった、営業は「みなし労働」だから時間管理の対象外のはずと反論します。そして、
「製造は働かないで給料もらっているのに、営業は少しも休めずに給料が下がるなんて不公平じゃないですか? 僕も休みますから、8割の手当て下さいね」といって、本当に2日間休んでしまいました。隠れていた不満が噴出した形となりましたが、彼をサボリで処分できるのでしょうか。また、会社全体としてどういう手の打ち方がありますか――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
サボりは問題だが処分・指導には工夫が必要
外回りの営業は、仕事の進行を上司が指揮・監督しにくいので「この仕事は何時間相当」とみなして労働時間を計算するのが、みなし労働時間制です。ホンネを言えば、労働者側には「お客と自分のペースで仕事をすることを任せてもらいたい」、会社側には「実質的に働いた分だけ給料を払いたい」というねらいがあるわけです。一定の信頼関係の上に成り立っているので、アポの合間に数十分の休憩を取るのはよしとしても、2時間の映画を観に映画館に入るのは明らかにサボリで、職務専念義務違反です。譴責や減給処分となっても仕方がありません。
ただ、これまでの慣例がある場合には、処分より指導の方が重要です。今回の件を不問とし、どの程度の休憩が許容されるか改めてルール化してはいかがでしょう。携帯電話で指示や報告をやりとりし、みなし労働をやめてしまってもいいかもしれません。勤務日数だけ増やしても成果が上がらないときには、リフレッシュのために有休休暇の取得を促進することも有効です。
臨床心理士・尾崎健一の視点
製造部門に「研修」を受けさせてみては
A君の反論には、現場の不安や不満をよく現れています。社員の心理的な障壁を取り除くためには、経営者からの情報発信や、社員とのコミュニケーションが重要です。まずは会社の現状と見通しを説明し、これをどう乗り切るのかビジョンを示しましょう。現状を突破できたときの姿を想像させて頑張ってもらうわけです。ただ、見通しが崩れたときの反感は大きくなりますので、できない約束はしないこと。社員に犠牲を求める前に、経営者の手当てを大幅カットするなど自ら犠牲を払うことを宣言すると、心理的に納得してもらいやすくなります。
また、製造部門を一時帰休とするのではなく、工場稼働中にはできない「ビジネスマナー」や「セクハラ・パワハラ」「メンタルヘルス」「専門技術」などをテーマにした研修を受けさせ、社員育成や企業風土の改善に効果をあげている会社もあります。中小企業を対象とした助成金制度もありますので、利用を検討してみてはいかがでしょうか。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。