採用内定が出ないまま4月を迎えそうな新卒学生がいる一方で、求人広告を出してもなかなか人材を確保できない会社もあるようだ。
ある会社では、新卒の確保ができないばかりか、優秀な社員が相次いで退職してしまい、人事担当者が頭を抱えている。
転職者の成功談を聞き社内の不満がピークに
――IT系中小企業の人事です。不景気で労働市場は「買い手有利」のはずですが、当社では思ったような人材を採れていません。
そればかりか優秀な社員の流出が続いています。大手メーカー出身で昨年中途採用したA君も、たった半年で退職してしまいました。
どうやらヘッドハンターに声をかけられ、給料の大幅アップを提示されてアジア系外資の競合他社に転職したようです。最新アプリケーションの技術があって英語の出来る人は、かなりの好条件で強力に引っ張られるようです。
また当社は、昨年冬のボーナスが例年の半分だったのですが、転職先の外資では雇用契約の締結時にサインイン・ボーナスを支払われたようです。社員たちの中にはA君の成功談を聞いて、
「あそこはサインインで200万円プラス休暇30日上積みらしいよ」などと、聞こえよがしに会社の不満を口にしています。
「あーあ、この会社の仕事にも飽きてきたしなあ」
競合他社からの引き抜きは、A君ばかりではありません。ある部署では、8人全員が同じ会社からまとめて勧誘を受けたことが、最近になって判明しました。
「職業選択の自由」が憲法に定められていることは承知していますが、このままでは当社が売りにしてきた技術を担う人がいなくなってしまいますし、競合へのノウハウ流出も心配です。社員を引き止めるために、何らかの定めをするなどの対策を打つことができるでしょうか――
社会保険労務士 野崎大輔の視点
「就業規則」に「競業避止義務」の規定を設けるべし
前職で身につけた技術やノウハウを次の会社で活かすことは、原則として個人の自由です。しかし会社は「誓約書」や「就業規則」などに、退職後に競合他社に転職することなどを禁ずる「競業避止義務」の規定を設けることがあります。これは、退職者が情報を持ち出すことなどで会社が損害を受けたり、そのおそれがあるときに、退職者に対して損害賠償や競業差し止めなどを請求する根拠とするために定めるものです。ただし、裁判で勝つためというよりも、退職者をけん制する効果の方が重要です。社員にあらかじめ通知して、その趣旨を説明しておきましょう。
具体的な規定は「退職者は会社の許可なく、会社と同種の事業所に就職したり事業を行ったりしてはならない」とし、そこに「退職後6か月間は」「課長職以上の者については」「同一県内において」などの条件を付け加えます。しかし期間が長すぎたり、対象や場所の範囲が広すぎたりすれば、裁判では競業を禁止する合理的な理由と認められません。
臨床心理士 尾崎健一の視点
「会社の未来」で社員をつなぎ止める
御社が思ったような人材を採用できず、優秀な人材の流出を招いているとすれば、それは他社と比べて自社の魅力が劣っているということです。ルールを決めておくことは必要ですが、根本的な解決にはなりません。競合他社は金銭面で好条件を示しているようですが、この不況下ではそこで競争するのは難しいですし、もし一時的にボーナスを上乗せしても、無理して続けられなければいつか逃げられ払い損になってしまいます。
労働者にとって給与は大きな目的ですが、金銭以外にも仕事を通じて得られるものがあります。新しい技術の習得や、職場での人間的な成長、人的ネットワークの広がりなどのメリットが得られるように気を配り、それを教育するのも会社の務めです。また、特に若い人は社内の意思決定が合理的に行われていることを重視する傾向にあります。しがらみを排して成長市場にシフトした経営戦略を立て、会社の未来の実現に貢献してもらえるようにすることも大切です。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。