先行きが見えない中で、どの会社も新卒の採用を絞り込んでいる。その分、社員により働いてもらっているのが現状だろう。ある会社の人事には、熱心に働いてくれるのはよいが、残業代が予想以上に多額になっている社員について相談が持ち込まれた。
「帰れ」といっても帰らない。急ぎの仕事でないのに・・・
――小売業の人事です。経理課長から、部下の働き方について相談を受けています。話によると、入社3年目のA君が熱心に残業をしているのだそうです。特にここ数か月は、だいぶ長時間にわたって会社に残っている様子。
課長に提出する残業表には、平日は午後11時過ぎが連日、休みの日も出社しています。仕事熱心なことはよいと思うのですが、課長は不満なようです。
「ある日、夜の会議を終えて帰ってきたら、A君が残業していたので仕事の様子を覗いたんです。すると今日やらなくてもいい仕事をしていたので、今日はもう帰ったらと言ったんですが、『いや、まだ終わってないんで』と言って帰らないんですよ」また、課長が心配しているのは、残業代のこと。A君の残業代を調べると、部の中でも飛び抜けています。当社は残業代の支払い漏れがないよう徹底しているので、経理部はA君の報告をそのまま人事に提出しており、毎月多くの金額が支払われています。
同僚であるA君の先輩に聞いたところ、A君が「うちの会社は残業が全部出るからいいですよね」と言っているのを聞いたことがあるそうです。
「あいつは、休日出勤するほどの仕事を抱えていないでしょう。生活費稼ぎの残業じゃないですか」ただ、入社3年目くらいなら、仕事はまだ早くないし、やればやるほど楽しくなる時期ではあると思います。研究熱心で仕事に没頭しやすい性格というところもあるようです。こういう社員には、どう対処したらよいのでしょうか――
臨床心理士 尾崎健一の視点
「基本的な労務管理」ができていないのが問題
部下の残業に管理職がすべて同席するのは、現実的には困難です。しかし、だからといって、部下に勝手な残業をさせておくのなら、管理職の職務を果たしているとはいえません。ご相談では、A君が生活費目当ての残業をしているのでは、と疑っているようですが、その前に基本的な労務管理をする必要があります。今日、部下が何の仕事のために、何時まで残業するのかをあらかじめ把握し、それが本当に必要な残業であるかどうか、あらかじめ確認するのは、管理職として基本的な仕事です。
労務管理は、意味のない残業代を抑制するだけでなく、従業員の健康を管理し、会社の財産を保護する上で重要なことです。労働基準法が、午後10時以降の勤務や休日出勤に、割増賃金の支払いを義務付けているのには、働きすぎを防ぐという趣旨があります。過労で従業員が健康を害したり、誰もいないオフィスで不正が行われたりしたら、それは本人とともに、管理職の責任も問われます。
社会保険労務士 野崎大輔の視点
上司の承認を得なければ残業できない「承認制」にする
労働時間とは、労働者が使用者の監督下にある時間であり、指示のない業務を行っても労働時間には算定されないという原則を周知すべきです。残業や休日出勤も上司の指示で行われるべきものですが、せめて「承認制」にしてはどうでしょうか。事前に、残業する日や時間、その理由(業務内容と内訳)を提出させ、上司の承認を得なければ原則として残業できない(または午後10時以前に退社させる)という方法です。提出期日は、その週の予定をまとめて月曜日にとか、当日午後3時までなど、職場に合わせた方法でよいと思います。
この不況下では、残業代や光熱費の削減も課題になり、特に間接部門の経費削減は不可避です。管理職は、部下に業務改善計画を出させたり、仕事のやり方をチェックしたりして、残業の削減に努めるべきです。ただし本来は景気の良し悪しにかかわらず、業務の効率化・効果向上は管理職として必要な仕事なのですが。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。