「セクシャルハラスメント」という言葉が、1989年の「新語・流行語大賞」の新語部門で金賞を受賞してから20年。露骨に身体に触ったり、あからさまにヌードポスターを貼ったりすることは少なくなったようだ。しかし、ある会社の人事担当者は、社員から「上司と部下の不倫もセクハラ」と訴えられ、どう判断したらよいのか、対応に困っている。
当事者たちの「業務」に支障が出ているわけではないが
――食品会社の人事担当です。製造管理部の女性社員から「上司と同僚の女性が不倫をしているのが不快なので、人事から注意して欲しい」と訴えがありました。双方共に結婚しているので、倫理的に問題があると言うのです。
本人同士は、周りには知られていないと思っているようですが、実は職場のほとんどの人は知っているとのこと。彼らは毎日のように一緒に退社し、呼び方もその部下だけを下の名前で呼んでいるのだそうです。飲み会では必ず隣り同士に座るわ、出張の土産はその部下だけ特別に買ってくるわ、厚顔無恥もいいところ。
また、部署の有志で休日出勤をする日があるのですが、そういう日には2人揃って出勤し、終了と同時に2人で消えていきます。これには、
「休日出勤は、休日デートの口実になっているのでは」と非難の声が上がっています。
いずれにしても、業務に支障が出ているわけではなく、家族から会社に対して何とかしてくれと言われているわけでもないので、人事部門として介入すべきか悩んでいます。しかし、訴えてきた社員は「人事が動いてくれないなら『セクハラ窓口』に言う」と息巻いています――
社会保険労務士・野崎大輔の視点
不倫は民法上の「不貞行為」に当たることを伝えておく 基本的には社内不倫であっても、業務に支障が出ているのでなければ私的行為の範囲内でしょう。会社として処分することは難しいのではないかと思います。ただし、社内でいちゃついていたり、密室でよからぬ行為をしている形跡があったりすれば、就業規則の「社内の秩序、風紀を乱し、または乱すおそれのあったとき」といった懲戒規定に当てはまります。まずは口頭での注意や警告をして、それでも聞き入れられなければ戒告や減給、出勤停止などの処分をすることになるでしょう。処分は当事者双方で公平に行うことが必要で、職位や性別で安易に差別するとトラブルになります。
なお、不倫は民法上の「不貞行為」に当たります。いずれかの配偶者から離婚訴訟や損害賠償請求訴訟を起こされるおそれもあり、裁判になれば周囲に多大な影響を与えることは間違いありません。そのような事態になれば本人達も会社に居づらくなり、退職せざるを得なくなると思います。不倫にはこのようなリスクがあることを、当事者に伝えておくべきかもしれません。
臨床心理士・尾崎健一の視点
部下が不快や苦痛を訴えれば「環境型セクハラ」となりうる
会社としては、不倫関係にある男女が社内にいるということは、隠れたリスクになります。取引先に漏れて「けしからん」ということになったり、男女関係がうまくいかなくなったときに業務に支障が出る争いになったり、ストーカー化したりすることがあるからです。手のひらを返したように「上司から性的関係を強要された」とセクハラ訴訟を起こされ、会社の管理責任を問われることもあります。事実が明らかになれば、当事者に注意をすることくらいはしておいたほうがよいでしょう。
また、不倫行為は当事者の業務に支障が出ていないからといって、問題にならないとは限りません。環境型セクハラでは「労働者の就業環境が不快なものになること」が問題となります。不快や苦痛を訴える人に配慮して事実確認を行い、問題行為があれば「環境型セクハラ」として社内処分を行うことはありうると思います。ただし処分の大きさには、訴えた側の業務に支障を与えた「程度」が問われます。あまりに厳しい処分ですと、逆に会社が訴えられることになります。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。