時代劇の世界では、公正で人情味のある「大岡裁き」があるが、これをいま実現しようと思うと、なかなか難しいものがある。ある会社の担当者は「部下思いの部長の気持ちも分かるが、会社のルールは守ってもらわないと」と頭を悩ましている。
「なんとか休職期間の満了を回避できないか」
――小売業の人事担当です。先日、病気休職中の部下を持つ部長から「折り入ってお願いがある」と連絡がありました。休職期間の満了によって退職が近づいている部下について、「何とか退職させなくて済む方法はないか」という相談でした。
この部下は、もともと体調不良で休みがちだったのですが、有給休暇や特別休暇を使って、しばらく休職せずにいました。しかし、いよいよ「双極性障害(躁鬱病)で休職を要する」という診断書が出て、人事にも連絡が来ていました。
以前は、この熱血部長の指導の下で優秀な成績をあげていたのですが、過労が原因で発症してしまったようです。そこで休職の措置を取りましたが、何度か復職と休職を繰り返して末に、期間満了になってしまったわけです。
この部長は人情に厚い人で、家庭訪問をして部下の状況を熟知しているせいか、
「うつのときは働けないけど、躁のときは結構成果を上げられるんだ。妻子もいるし、なんとか雇用を継続する方法はないのか? 自分の部署で面倒を見るから・・・」と訴えてきます。確かに出社してきたときは、他の社員以上の仕事をこなすことができますが、不調のときとのギャップが大きいようです。
また、この部下が休職と復職を繰り返している間、賞与などに大きな影響がでないように、部長が人事評価を甘く見積もっているようです。
幸いこのご時勢でも、ただちに解雇しなくても済む余裕はあるのですが、周囲とのバランスを考えると、部長の依頼をどう受けたらよいのか、組織ルールを逸脱した人事評価を放置していて良いのかと頭を悩ませる日々です――
臨床心理士・尾崎健一の視点
「組織の健康度」も重要。ルールに沿った配置転換も考慮に
上司が部下を思う気持ちも良く分かりますし、その気持ちは必要なことだと思います。日本企業の競争力の源泉は、従業員の帰属意識や組織内の家族的関係にあるといわれていた時代がありましたが、それも過去のことになった今、大切なものを思い出させてくれる事例とも言えますね。
ただし、今回の問題は「本人の健康度」とともに、「組織の健康度」という視点でも見ていかなければならないと思います。組織にはルールがあり、それを守らないと組織が不健康になります。この部長は、他の社員のモチベーションにも目が届きにくくなっているでしょう。上長や人事部は彼の部下思いの気持ちを大切にしつつ、会社側として公平性が失われないように人事評価を厳正にするよう指導をすることが必要になります。今回の場合、部長の意図を反映しつつ本人の雇用を守るとすれば、一度退職してもらい、嘱託や契約などの形で再雇用しつつ、配置転換などによって業務負荷の軽減を図ることも考えられます。
社会保険労務士・野崎大輔の視点
「障害者雇用枠」として雇用を継続するという方法も
この部長さんは、いまどき珍しい「浪花節」の方ですね。「なんとかしてあげたい」という気持ちは分からなくはありません。しかし、この部下以外の社員がこの事実を知ったら、不満の声が上がるのではないでしょうか。人事側としては苦しい判断ですが、この上司の要求をそのまま受けるべきではなく、慎重に対応する必要があると思います。あいまいな基準で前例を作ってしまうと、後になって問題になることがあります。まずは本人と直接話し、意向を聞いてみてはいかがでしょうか。単に熱い上司が先走っているだけかもしれません。
その上で、配置転換を検討するなどルールに沿った措置が考えられますが、本人が納得すれば、精神障害者の認定を受けてもらい「障害者雇用枠」として雇用を継続するという方法もあるかもしれません。企業側も法令順守ができますし、従業員側も障害者としての社会的優遇措置もあるという、双方にメリットがありうる方法です。
(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。