現在、問題となっている大量の派遣労働者の解雇問題について、共産党が「内部留保があるのだから、それを使って雇用を守れ」とトンチンカンな主張をしている。資産を勝手に使って株主から訴えられたらどうするんだろうか。きっと共産党らしく、訴えた資本家はラーゲリにでも収容するのだろう。怖い怖い。
と思っていたら、僕が出演したサンデープロジェクト(2月1日放送)でも、森永卓郎氏がまったく同じ主張をしていてびっくりした。彼の話を真に受けちゃう小学生もいるかもしれないので、要点を簡単にまとめておきたい。
トヨタは軋みを上げる「木製帆船」みたいなもの
まず、内部留保とは会計上の概念であり、実際にそれだけの現金を積んでいるわけではない。たとえば赤旗が「内部留保13兆円!」と貧乏人をけしかけているトヨタにしても、現金で持っているのは1兆7000億。下期最終赤字3500億を考えれば、余裕があるとはとても言えない額だ。
流動資産は11兆ほどあるが、流動負債もそれ以上にあるから、キャッシュリッチなどとはとても言えない(そもそも流動資産といっても子会社や自動車ローンの貸付金が半分程度含まれると思われ、貸し剥がす訳にもいかないだろう)。7兆円の固定資産は工場を畳むのならともかく、現金化はまず不可能だ。
要するに、トヨタは不沈空母でもなんでもなく、軋みを上げる木製帆船みたいなものだ。乗せてやるよと言われても、僕は遠慮したい。
では一兆円とも二兆円とも言われる利益はどこへいったのか。答えは簡単。生産設備・研究開発への莫大な投資である(08年度予算での設備投資額は1兆4000億)。「そんなに投資しなくてもいいだろうに」と思う人も多いとは思うが、ここが製造業の悲しいところで、そうやって終わりの無いマラソンを走り続けていくしかないのだ。昔からメ-カーの給料が金融より低いのは、莫大な設備投資に利益が圧迫されてきたためだ。
もちろん、あらいざらい探せば多少の溜めはあるだろう。固定資産の中にもいらないものはあるはずだ。でもそういう溜めを持つな、全て雇用を最優先せよというのはもはや資本主義ではないし、そうなったら企業はもう誰も雇わず、誰も株式投資なんてしなくなるだろう。なので共産党が本気で冒頭のような主張をするのであれば、その前に革命でも何でも起こすといい。
「大企業が全部悪い!」と叫ぶだけでは問題は解決しない
ところで、どうも一部の人たちは、あいかわらず階級闘争史観でものをみようとするようだ。つまり、「経営者は常に虎視眈々と労働者の財布を狙っているのだ!」とか、「儲けた金を金蔵に溜め込んでいるに違いない!」とか……
残念ながら資本と経営はとっくに分離し、経営者はサラリーマンにすぎない。彼らはリストラした分だけ自分の取り分が増えるわけではないし、余分なお金を穴に埋めて隠したりもしない。必要な分だけ投資し、配当し、労働者に分配するだけだ。
まずは階級闘争という古いめがねを捨て、現実に向き合うべきだ。
さて、イデオロギー馬鹿の共産党はまあしょうがないとしても、僕にはどうしても森永氏がこの程度のアングルを理解していないとは思えない。東大経済学部を卒業して経済学の教授やってるんだから、いくらなんでも財務諸表くらい読めるだろう。
要するにこの人は、問題の解決なんてサラサラ興味はなくて、お茶の間受けするような適当なこといって稼いでるだけなんだろう。そりゃ僕だって、奥谷さんの隣でトヨタの擁護をやらされるよりも、連合の隣で「大企業が全部悪い!」って言ってたほうが全然楽ちんだ。でもね、それじゃあ問題は解決しないんですよ。
なにより、こういう問題でいい加減な発言をするべきではない。
確かに森永氏は大企業の社長さんなどよりも豊かになったし、若い党員の増えた共産党も大喜びだろうし、矛先をそらすことの出来た連合も一安心だろう。
ただ、森永氏に煽られて「内部留保をよこせ!」なんてデモさせられる派遣労働者の身にもなってみるといい。彼らはありもしないものがあるのだと信じ込まされた挙句、いずれ森永氏からも社会からもポイ捨てされるだけなのだから。
というわけで森永先輩、いい加減、公共の電波で貧困ビジネスするのはやめませんか?学歴が泣いてますぜ。
城 繁幸