再生医療の切り札として期待が高いiPS細胞(人工多能性幹細胞)は、がん細胞化しやすいことが最大の難問だったが、慶応義塾大学の岡野栄之教授らのチームが特殊な薬剤をかけることでがん化を防ぐ方法を開発、国際幹細胞学会機関誌「ステム・セル・リポーツ」(電子版)の2016年9月22日号に発表した。
マウスの実験での成功だが、研究チームでは早ければ2017年度中にも脊髄損傷患者を対象に体の機能を回復させる臨床研究を始めたいという。
脊髄損傷のマウスが後ろ足でしっかり歩いた
iPS細胞は、あらゆる組織や臓器に分化することができる幹細胞で、皮膚などの細胞を培養してつくる。自分の細胞から神経組織や臓器をつくるため、他人の臓器に頼る必要がなく、拒絶反応もない。脊髄損傷をはじめ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)など多くの難病、さらに脳や心臓の損傷、がんなどへの治療が期待されている。ところが、様々な細胞に分化できる半面、がん細胞(腫瘍)化しやすい性質があることが実用化への大きな障害になっている。
2016年9月23日付の慶応大学の発表資料によると、研究チームは神経細胞の元になる神経幹細胞に「Notch(ノッチ)シグナル」と呼ばれる回路があり、細胞が多様な組織に分化する指示を出していることに着目した。そして、この回路が働くことを阻止する特殊な薬剤「GSI」を開発、iPS細胞から作り出した神経幹細胞に「GSI」をかけたあと、脊髄を損傷したマウスに移植した。
その結果、「GSI」をかけないで作った神経幹細胞をマウスに移植すると、細胞が約10倍増えてがん細胞ができた。しかし、「GSI」をかけた神経幹細胞をマウスに移植すると、細胞が過剰に増えることがなく、がん細胞もできなかった。また、運動機能を比べると、両グループとも移植後は徐々に機能を回復したが、「GSI」をかけなかったマウスは6週間後に再び運動機能が低下したのに対して、「GSI」をかけたマウスは後ろ足でしっかり体重を支えて歩けるまでに回復した。
研究チームでは「iPS細胞の移植では、がん細胞化の問題を解決することが最重要な課題でしたが、今回の研究で安全性と有効性が得られました。脊髄損傷患者への応用を目指すうえで非常に大きな一歩です」と、発表資料の中でコメントしている。