携帯電話が出す電磁波は人の健康に悪影響を与えるのかどうか――。携帯電話が登場して約30年、研究者たちの議論が続いているが、2016年5月27日、米保健福祉省が「ネズミの実験で、携帯電話の電磁波を当て続けると、一部のラットに腫瘍が発生した」という衝撃の研究結果を発表した。
発表は、まだ研究の途中段階であり、腫瘍発生率もごくわずかだとしているが、「この結果には大きな意味合いが含まれている可能性がある」と指摘している。ロイター通信やウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)紙など多くの海外メディアが一斉に報道した。
ネズミに電磁波を当て続けると、脳と心臓に腫瘍が!
研究を行なったのは同省の専門組織「国家毒性プログラム」(NTP)だ。10年以上前から携帯電話の健康面に与える影響を調査してきた。主な発表内容は次のとおりだ。
(1)数百匹のネズミ(ラット)を携帯の電磁波を当てるグループと、当てないグループの2つに分けた。一方のグループに、最も一般的に使われている携帯の無線方式(GSMとCDMA)の電磁波を1日9時間、2年間にわたって照射した。
(2)すると、電磁波を当てたグループに、2~3%の割合で脳腫瘍が、2~7%の割合で心臓の腫瘍が発症した。電磁波を当てなかったグループでは、腫瘍の発症例はゼロだった。
(3)腫瘍を発症したのはオスばかりだった。メスの脳腫瘍発症が1%あったが、偶然の可能性が高い。
(4)理由は不明だが、電磁波を当てたグループのネズミは、当てなかったグループよりも長生きをした。
今回の結果について、研究リーダーのジョン・バッチャー博士は「電磁波を浴びるとオスのネズミにわずかだが腫瘍が増える傾向は、過去の研究成果と一致する。現在使われている携帯電話の技術は急速に進歩しており、その影響を理解するにはまだ多くの研究が必要だ。私たちは、今後さらにネズミへの影響に関する2つの研究結果を発表するつもりだが、その前に今回の暫定結果を多くの人々に知らせることが重要だと感じた」と語っている。
世界保健機関のがんリスク評価では「漬物」と同じだが
携帯電話の電磁波ががんを発症するかどうかについての研究は、発症リスクを高めるとするものと、否定するものとが多くがあり、議論はすれ違いだ。2011年に世界保健機関(WHO)の専門組織である国際がん研究機関(IARC)が、携帯電話の電磁波のがんリスク評価を発表した。それによると、5段階の評価のうち真ん中の「グループ2B」(発がん性があるかもしれないが、限定的)だった。同じグループには、自動車排気ガス、コーヒー、漬物(アジア式)などが含まれる。
携帯電話の電磁波をいちばん近くで浴びるのは脳なので、脳腫瘍に関しても以前から指摘されている。今回の発表後、各メディアの取材に対し、多くの専門家がコメントを発表している。米ペンシルベニア大のケネス・フォスター教授は、WSJ紙の取材に、「携帯電話が導入されてから過去数十年間、多くの国で脳腫瘍の発症件数が増加したという証拠はないのだから、今回の米政府の調査結果に強く反応する国は少ないだろう」とコメントした。
一方、自然保護団体「環境健康トラスト」の創立者デブラ・デーブスさんはこう語った。
「受動喫煙やアスベスト、環境ホルモンに関する問題も、最初は今回の研究発表と同じような扱いでした。多くの人に被害を及ぼすという証拠が出るのを待ってから、やっと対策に乗り出すのです。それでは私たちの子孫が代償を払うことになります。脳腫瘍が現時点で多く発生していないからといって、携帯電話が安全であることの証明にはなりません」