【認知症キャンペーン特集】(NHK) 2015年9月8日放送
「アルツハイマー病 進行をくい止めろ!」
認知症の中で日本人に最も多いアルツハイマー病。脳が萎縮して記憶力、判断力、そして意識まで奪っていく病気だ。完治する治療薬は見つかっていない。
いま、この病気の進行をくい止めている1人の患者が注目を集めている。青森県弘前市に住む前田栄治さん(58歳)。発症から5年ほどで身の周りのことが難しくなる人が多いのに、50歳で発症して9年目の現在もわずかしか進行していない。NHKは4年間にわたり前田さんを継続取材、その秘密に迫った。
計算ドリルを次々に解き、100点満点
番組のゲストは、「認知症になりたくない」という理由から2015年春、大学に入学した萩本欽一、親戚に認知症患者がいる壇蜜、前田さんの主治医である東海林幹夫・弘前大教授、在宅介護の専門家秋山正子さん、そして、前田栄治さん・美保子さん夫妻だ。
前田さんの最近の検査・診断の様子が映像で出される。「13+10=」「28÷7=」......。計算ドリルを次々に解いていく。100点満点だ。続いて「猫」「桜」「子供」の3つの言葉を覚え、しばらく雑談をした後に思い出す記憶力のテスト。1つ間違えた。でも総合成績は前回の検査時と同じだった。MRIの脳の断面画像も前回の画像と変わらない。「頑張っていますね」と東海林医師。前田さんは「うれしい」と涙ぐんだ。
壇蜜「あっけにとられますね~」。MCの山本哲也アナが「こちらが前田さんです」と紹介すると、萩本が「『希望の星』ですよ! オレ、誰だか分かります?」。前田さん「キンちゃん」。萩本「わ~!」と破顔一笑。
職場とボランティア、2つの社会参加が救世主
なぜ前田さんが進行をくい止めていられるのか、映像とトークで振り返る。
秋山さんが「山田さん夫婦はよく努力して頑張っているから、できているんです」と言うと、萩本が「えっ、努力って?」。山本アナ「3つの理由があります。その第1が早期発見です」。東海林教授が「今は進行を遅らせる4つの薬がありますから、早く開始するほど治療効果が上がります」と説明する。50歳の時だ。妻の美保子さんが明日の予定を話しても、翌日、「聞いていない」ということが続いた。「おかしい」と思った美保子さんが病院を勧めると、素直に従った。秋山さんが「診断に連れて行くことさえ難しい人が多いのです」とほめる。
山本アナ「第2は、進行を遅らせる生活をしていること。それは運動です」。東海林教授がこう補足する。「最近の研究で、1週間に3回、うっすらと汗が出る程度のウォーキングでもアルツハイマーの進行を遅くすることがわかっています。高血圧や糖尿病などの生活習慣病がアルツハイマー病を進めるという研究もあって、生活習慣病予防をしっかりやることが阻止につながります」。
前田さん「歩かねば! 直そう! という意識で、毎日1時間歩いています」。
山本アナ「第3は、積極的な社会参加です」。ここで映像が流れる。2012年冬、発症から5年目。前田さんは勤め先の会社に病気を公表した。30年以上働いた鉄道マンで、線路の保守点検をしていた。上司・同僚は理解を示して、社内清掃の仕事に替えてくれた。前田さんが欠かさず持っている物、それはノートだ。ノートを開くと、仕事の段取り、上司の指示などがびっしり書いてある。「60歳で退職する時、おめでとうと言ってあげたい」。美保子さんは35年のキャリアを捨て、通勤の駅まで車の送り迎えを続けた。
「キョウイク」と「キョウヨウ」のある生活を
もう1つ、前田さんが30年間続けてきた「社会参加」がある。陸上競技大会の運営スタッフのボランティアだ。仲間にも病気を公表した。「テント、どこだっけ?」。迷う前田さんを仲間がさりげなくサポートし、置き場所に連れて行く。美保子さんがいう。「周囲の理解があったから長く続けられました」。社会参加がいかに大切か、東海林医師が説明する。「隠しておきたい人が多いですが、家に引きこもっていると、どんどん介護される側になっていきます」。
2014年7月、発症から8年目。57歳で転機が訪れた。会社の仲の良い人々が次々と辞め、体力的にも続けるのが辛くなり、休職した。行き場所がなくなり、こもりがちになった。物忘れが激しくなった。新聞を取りに行く途中で何をするつもりだったのか、分からなくなる。2015年5月、9年目。新たなボランティアを2つ始めた。1つはデイサービス施設のスポーツの手助け。ジムの機械の扱いは陸上競技のボランティアでお手の物だ。もう1つは、近所の認知症カフェで、コーヒー豆をひいてふるまう。部屋のカレンダーは予定がいっぱい書き込まれている。笑顔が戻った。
萩本「コレ、盛り返しのVTR? オレ、年取ったら『明日会いに行くよ~』と答えたいなア」。
秋山さん「『キョウイク』と『キョウヨウ』が大事だといいますよね。『今日行く場所がある』『今日用がある』という生活です」。
米国アリゾナ大学が開発したアルツハイマー病の進行阻止のプログラムも映像で紹介された。学生と患者がペアを組み、一緒にスポーツジムでトレーニングしながら会話を楽しむ。開発したシャロル・アーキン教授がいう。「外に出ることが大事。家に介護者といると、会話は『夕食は?』『着替えた?』『顔洗った?』と生活のことばかり。学生たちは対等の相手として普通の会話をします。社会との交流や若い人のふれあいが言語能力、つまり脳を鍛えるのです」。
番組の終わりで、前田さんが言った。「(2020年の)東京オリンピック見たいです」。萩本が言った。「頑張りましょうよ! 陸上のボランティアはオリンピックの競技場でやってよ」。