政府の中長期の経済財政に関する試算で、財政健全化の指標である基礎的財政収支(プライマリーバランス=PB)について、黒字化を目指す2020年度に、逆に赤字が拡大するとの見通しが示された。
2016年7月時点の前回試算では5.5兆円の赤字としていたが、2.8兆円膨らんで8.3兆円の赤字になるという。安倍晋三内閣は「2020年度黒字化目標堅持」と繰り返すが、達成は絶望的になったといえそうだ。
プライマリーバランス、赤字は拡大
新試算は内閣府が、2017年1月25日の経済財政諮問会議(議長・安倍首相)に報告した。会議後の記者会見で石原伸晃経済再生担当相は、「(財政再建を)やるっきゃないということに尽きる」と強がるしかなかった。
PBは、社会保障などの政策に使うお金を、新たな借金に頼らずに賄えるかを示す指標で、2017年度予算案は10.8兆円の赤字。今回の試算では、円高で企業業績が悪化し、2016年度の税収見通しが下振れし、穴埋めのため補正予算で7年ぶりに赤字国債の追加発行を迫られ、さらに個人消費の低迷から、2017年度も消費税収が伸び悩むなどと見込み、最終的に2020年度の税収は約114.9兆円と、前回試算より約2.5兆円下方修正し、PB赤字が拡大した。
さらに問題なのは、試算の前提だ。8.3兆円の赤字は、アベノミクスが奏功して成長率が名目3%以上、実質2%以上で推移するとして弾いた「経済再生ケース」。この成長率はバブル崩壊前の水準に成長率が高まることが前提だが、現実には安倍内閣成立後の2013~2015年の実質成長率の平均は0.6%にとどまる。足元の潜在成長率を前提にした「ベースラインケース」では、2020年度のPB赤字は11.3兆円と、黒字化がさらに遠のく。
菅官房長官「大事なことは数字合わせではない」
政府は、2020年度黒字化に向けた中間目標(目安)として、2018年度のPB赤字を国内総生産(GDP)比で1%に抑えるとしてきたが、今回の試算では2.4%まで悪化するという結果になった。為替レートなどによって試算より税収が上振れする可能性もあるが、中間目標の達成はまず無理という見方が一般的だ。
こう見てくると、政府がもっとあわててもよさそうだが、安倍首相以下、妙に落ち着いて見えるのはなぜか。
「安倍首相は2020年度目標を達成する気がない」と、全国紙の経済部デスクは指摘する。消費税増税を2度にわたり先送りし、それでも首相は国会答弁などで2020年度PB黒字を「必ず実現する」と繰り返してきた。しかし「裏付けがないのは、今回の試算で明らか」というわけだ。
一方で、安倍内閣は「大事なことは数字合わせのためにPBを一時的に改善させることではなく、経済を成長させて税収を上げていくことだ」(菅義偉官房長官=1月26日午前の記者会見)というように、成長重視が基本スタンス。その立場からも「PB黒字の旗をいずれ降ろす」(全国紙デスク)との見方が強い。
ゼロ金利政策の「効用」
そのためには、いくつかの「ツール」の組み合わせが考えられる。
まずはゼロ金利だ。前回試算では2017年度の長期金利を0.8%としていたが、9月の日銀の「長期金利ゼロ」政策による金利抑え込みを受けて、今回の試算では2017年度の長期金利を0%、その後も2018、2019年度の金利を低め修正している。これで国債の利払い費の軽減を通じて財政収支が大きく改善される。第一生命研究所のレポートによると、日銀の思惑通りに物価上昇率2%を早めに達成して長期金利が上がるより、物価目標が達成できずにゼロ金利が長期化する方が、財政収支が改善するという試算もある(2016年10月3日「0%長期金利で財政はどうなるか」)。
もう一つがGDPのかさ上げだ。2016年7~9月期から、GDPを算出する国民経済計算(SNA)の基準変更で、「研究・開発投資」が設備投資に含まれるようになるのを柱とした改定がされた。これにより、GDPが年間約30兆円膨らんだ。分母であるGDPが大きくなれば、財政赤字のGDPに占める比率は低下する。今回の試算の「経済再生ケース」では、安倍内閣が唱える「2020年度GDP600兆円」が実現する前提だ。これによれば、今回の試算でも、現在、GDP比で約190%の国・地方の公債残高は、2020年度には180%に低下するとなっている。
低金利とGDPのかさ上げで、GDP比の公債残高は低下が見込めることから、政府内や民間シンクタンクなどの間では、PBに加え、これを新たな財政再建の指標として重視しようとの声も根強い。
ただ、こうした数字をいろいろいじっても、先進国で最悪の公債残高という現実が変わるわけではない。さらに、安倍首相周辺からは、一段の財政支出拡大論もくすぶっており、財政再建の道筋は一段と不透明感を増している。