労働組合の中央組織である連合が、2017年の春闘で、賃金体系全体を底上げするベースアップ(ベア)の統一要求を、2016年と同じ「2%程度を基準」にする方針を決めた。安倍晋三内閣の下、自民党政権が賃上げの旗を振るという「官製春闘」も4回目。日本経済の浮揚とデフレからの脱却に賃上げが不可欠とされる一方、経済の減速感が強まる中で経営側のガードは過去3年以上に固く、厳しい展開が予想される。
連合が10月20日の中央執行委員会で決めた統一要求は、約2%の定期昇給(定昇)分を確保した上で、「2%程度を基準」としてベアを求めるという2016年の春闘と同じ要求内容で、幅を持たせた表現も維持した。ベア要求は4年連続。中小労組の賃上げの目安を「1万500円以上(定期昇給相当分を含む)」、非正規労働者についても「誰もが時給1000円」と、前年と同額の目標を掲げ、「賃金の底上げ・底支え」「格差是正」をめざすものになった。
円高の影響がクッキリ
ただ、ベアは給与水準を底上げするので、将来にわたって企業の人件費負担を増やす。このため、経営側はもちろん、企業内組合である民間労組も、イケイケで賃上げを求める高度成長期のような発想はとらない。
来春闘で特に壁になるのが、企業業績の陰りだ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の集計によると、11月1日までに発表を終えた3月期決算企業533社(金融除く)の2016年9月中間決算は合計で、売上高が前年同期比6.8%減、営業利益は同11.0%減、純利益は同22.3%減。2017年3月期の営業損益予想を下方修正した企業は、集計対象の約2割に達した。特に輸出関連で目立ち、前年の過去最高益から一転し、円高の影響がクッキリ浮かびあがる。
このため、例えばトヨタ自動車のおひざ元、連合愛知の土肥和則会長はこの連合の方針決定後の10月28日、記者会見で、春闘の前提となる経済環境について「景気回復という状況になってきていない。労働組合側にとっては良くなっているわけでない」と悲観的な見方を示した。トヨタの労組からは事前に、「3年要求したから4年目もそうするという考え方はない」という声も出ていた。電機連合も、「2%目標」に難色を示していたとされる。
それでも、連合の神津里季生(こうづりきお)会長は、中央執行委員会後の会見で、「今年は物価上昇率がゼロ近くにもかかわらず、ベアを得た。この新しい流れを1年で終わらせてはいけない」と、方針の意味を説明した。
「外堀を埋められた」連合
神津会長の背中を押したのは、政府の賃上げへの強い姿勢だ。9月30日に開かれた政府の経済財政諮問会議(議長・安倍首相)で、民間議員4人が、経済再生のためには継続的な賃上げを通じて2%の物価上昇を実現することが重要だと提言した。この会議では、新浪剛史サントリーホールディングス社長が、自社で3%の賃上げに取り組む意向を表明。安倍首相は「経済界全体に賃上げの動きが広がることを期待したい」と歓迎、麻生太郎財務相は「大きく賃上げする企業がないと意識が変わらない」と指摘した。
日銀の金融政策頼みのアベノミクスの限界が指摘される中、賃上げ→物価上昇→デフレ脱却の好循環を呼び込みたいというのが政府の狙いで、連合としても「ここで弱気を見せては存在意義を問われる」(連合関係者)と、いわば外堀を埋められた状態だった。
一方、経済界は複雑だ。日本商工会議所の三村明夫会頭は10月20日の記者会見で、その日決まった連合の要求について、「率直に言ってちょっと高いと思う。もうちょっと現実的な実態を踏まえて議論が進んでいくのではないか」と述べ、早速牽制した。経団連の榊原定征(さだゆき)会長は、先の諮問会議で賃上げを後押しする提言をした民間議員4人の中の1人だが、この会議の場で、「若者や子育て世帯、非正規社員へ配分を高める方策を進める」と発言し、連合が求める「ベア」には慎重な姿勢をにじませた。「総論での賃上げの必要は認めつつ、業種による業績のばらつきなどにも配慮し、特に、将来的な人件費負担を増やすベアには、おいそれと応じられない考えを示したもの」(全国紙経済部デスク)といえそうだ。
経団連は年明け1月に公表する「経営労働政策特別委員会報告」で春闘への方針を示す。2016年1月の方針では、前年末からの円高、株安などを受けて、「年収ベースの賃金引上げ」という表現で、賞与など、その年限りの年収増加を中心に位置づけ、ベアには慎重な姿勢を示したが、今回も、これを踏襲しつつ、どのような方向性を示すのか。いずれにせよ、経済状況の厳しさから、今年より賃上げには一段と慎重になるとみる向きが多い。