日銀による国債の直接引き受けなどで財政支出を拡大する政策の実施論が、金融市場ではやされている。上空からお札をばらまくのにたとえて「ヘリコプターマネー(ヘリマネ)」と呼ばれ、およそ荒唐無稽に思えるが、高名な経済学者が唱えた理論で、金融のプロが真面目に論じているというから、笑って済ませられない。どんな政策なのか、実施される可能性はあるのか、考えてみた。
この言葉を最初に使ったのは、米国のノーベル経済学賞受賞者であるミルトン・フリードマン(1912~2006年)とされ、ベン・バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)前議長もヘリマネ導入論を語り、「ヘリコプター・ベン」の異名を取る。
現金をヘリコプターからばらまいて人々に直接届ける
フリードマンの考えは、経済活動を活発にするため、現金をヘリコプターからばらまいて人々に直接届ければ喜んで買い物し、即効的に経済は元気になるというもの。この金は、中央銀行がお金を刷ってばらまくので、公共事業のように国債を発行しないでいい、つまり財政の健全性も守れる、という夢のような政策だ。
これはあくまでも、比ゆ的なイメージで、もう少し現実的に考えると、まず、中央銀行が刷るお金は政府の国債を引き受ける形だが、この国債は返済期限のない、実質的に返済しないでいい「永久債」にする。利子だけは払い続けるという論もあるが、その国債を持つ中央銀行が利子を得るか得ないかだけの違いで、実質的な意味はない。
バラマキ方も、ヘリコプターから金をまくのは非現実的で、実際には政府が公共支出として行う。商品券を一律に配る、所得に応じて配るなどが考えられる。公共事業に使うのはヘリマネらしさには欠けるが、巡り巡って国民に回るという意味で、否定されるわけではない。
ただ、政府が国債を日銀に引き受けさせることは、財政赤字の補てんに当たり、財政法5条で原則禁じられており、実施には法改正が必要になる。直ちに実現はできないのだ。
そんなヘリマネ採用の臆測が広がったきっかけはバーナンキ氏が2016年7月12日、安倍晋三首相と面会したこと。この週に円相場は一時、1ドル=106円台まで、5円以上急落。逆に21日、日銀の黒田東彦総裁が英BBC放送のラジオ番組で、「(ヘリマネ導入の)必要性も可能性もない」と否定すると、直後に円相場は数分間で約1円も円高にはねる場面があり、ヘリマネを導入するとの思惑から円を売っていた一部投資家が円を買い戻したとうわさされた。この間、株価も英国の欧州共同体離脱ショックをひとまず乗り越え、英国民投票前の水準まで戻した。
「積極財政と金融緩和の組み合わせは広い意味でヘリマネ」
ヘリマネ論は、まともに考えれば筋の悪いと思われる話で、実現性にも乏しいが、今、ここまで話題になる背景には、アベノミクスの行き詰まり感がある。金融政策だけではデフレ脱却は期待できないので、政府の財政出動で協調すべきだとの声が市場にはじわりと増えつつあり、それが「ヘリマネ待望論」として広がったというわけだ。
こうした点で、市場はややいい加減だ。「ヘリマネと言っても、厳密な意味でなく、財政支出拡大を大げさにヘリマネと表現している向きが多い」(全国紙経済部デスク)という。「積極財政と金融緩和の組み合わせは広い意味でヘリマネ」と言う市場関係者もいる。
そう考えれば、異次元緩和(大規模な国債買い入れ)という第1の矢、財政支出という第2の矢というアベノミクスを実施した2012年末の安倍政権発足直後から、今言われるような「広義のヘリマネ」はとっくに導入済みとも言え、「『ヘリマネ』という目新しい看板を掲げたところで、実態は何も変わらない」(エコノミスト)との冷めた声も少なくない。「財政規律が失われるリスクがあり、必ずしも好ましい政策ではない」(全国銀行協会の国部毅会長=三井住友銀行頭取、7月14日の記者会見)との警戒感も、当然強い。
安倍政権は秋に大規模な経済対策を打つ。全体の規模は20兆円、真水(直接の財政出動)は3兆円から5兆円規模に膨らむ議論になりつつある。金融政策頼みの限界の指摘の一方、政府が財政出動に舵を切った以上、日銀が呼応して追加緩和に動くべきだとの市場の期待感が高まっているのも、ヘリマネ論がもてはやされる一側面だ。
日銀は28、29日に金融政策決定会合を開く。市場の期待を制御し、いかに相場を軟着陸させるのか。日銀のかじ取りに注目が集まる。