経済情勢が今ひとつ振るわない韓国で、日本の安倍晋三内閣の経済政策「アベノミクス」を評価する声が出てきたという。
アベノミクスによる円安進行で、韓国はウォン高が進み、輸出企業を中心に業績が悪化している。いわば、日本のせいで経済が後退しているのに、その日本の「アベノミクスに学べ」というのだ。
韓国の輸出企業の約56%が「円安で被害を受けた」
そもそもアベノミクスは、「大胆な金融政策」と、インフラ整備と公共事業を促進する「機動的な財政政策」、民間投資を喚起する「成長戦略」の「3本の矢」を基本方針とする経済政策をいう。
なかでもデフレ経済から脱却するため、2%のインフレターゲットを設定し、その達成に向けて「異次元」の金融緩和措置を講ずる金融政策は、それによって円安株高が起こったことで企業業績が上向くなど、一定の成果をあげている。
アベノミクスによる「円安」進行は凄まじい。安倍内閣が発足した直後の2012年12月末に、韓国ウォンは100円=1227ウォンだったが、2015年5月27日には100円=898ウォン前後で推移。ウォンはこの2年5か月に、26.8%も急騰したことになる。
韓国経済はこうした円安ウォン高の影響もあって、鉄鋼や自動車、造船、電気機器などの輸出関連企業が業績悪化で苦しんでいる。
韓国の聯合ニュースによると、大韓商工会議所は5月26日、日本と競合する韓国の輸出企業約300社を対象に、円安による影響を調査した結果を発表。それによると、55.7%が「円安により輸出に被害を受けている」と回答し、輸出企業が耐え得る水準を超えて円安が進んでいると指摘している。
競合する日本製品の価格が10%引き下げられた場合、平均で輸出量が11.7%減少するという。
第一生命経済研究所経済調査部の主席エコノミスト、西濱徹氏は「ウォンが主要通貨に対して高止まりしていることで価格競争力が低下し、輸出の伸びは鈍化。それが経済成長の足かせになっています」と指摘する。
最近は、勢いのある中国企業が世界市場でシェアを奪いつつあるほか、これまで最大の輸出先だった中国経済の減速で、韓国が輸出不振に陥っていることもある。
輸出の低迷は、企業の設備投資意欲の低下にもつながって、先行きは雇用などを通じて個人消費などの内需の重石になることが懸念されている。
煮え切らない? 韓国銀行の態度
そうした中で、朝鮮日報日本版(2015年5月22日付)は「『アベノミクスに学べ』韓国政府の評価一変」との見出しで、当初アベノミクスを「輪転機で紙幣を刷ること以外の何物でもない」と低い評価を下していた、チェ・ギョンファン経済副首相兼企画財政部(省に相当)長官が「アベノミクスは当初は周囲から懸念もあったが、規制改革と対外開発を両軸に成果を収めている」と、評価を改めたと報じた。
報道によると、韓国の公共、労働、教育、金融の4つの構造改革の進展が思わしくないため、「日本から学ぶことは学ぼうという趣旨」があるとしている。
とはいえ、韓国に「アベノミクス」のような「大胆な金融政策」がとれるのだろうか――。韓国の中央銀行である韓国銀行は5月15日、定例の金融政策委員会で政策金利を2会合連続で1.75%に据え置いくことを決定した。
前出の第一生命経済研究所の西濱徹氏は、「『大胆な金融政策』の前に、まずは金利を下げることができます。デフレに陥るよりはましですし、(大胆な金融政策を)やろうと思えばやれないことはないでしょう」という。ただ、「日本は『異次元』と表現しましたが、韓国はそれこそ『清水の舞台から飛び降りる』くらいの覚悟がないとむずかしいですね」と話す。
「大胆な金融緩和」を妨げているのは、1000兆ウォンともいわれている家計の債務負担だ。「日本と韓国では債務の構造がまったく違います。たとえば、いまゼロ金利にするとお金をたくさん借り、家計の借金が増えて、債務がさらに膨らんでしまう懸念があります。韓国銀行としては、それは避けたい」と説明する。
韓国でいっそうの金融緩和を期待する声は少なからずある。そうしたなか、韓国銀行が「円安ウォン高」の動きに対して「政府と協力して対応する」とした一方で、「輸出鈍化に、金融政策では対応できない」と市場に広がる追加の金融緩和観測をけん制するなどの煮え切らない態度をとるのは、そんな事情があるからのようだ。