朝日新聞に掲載された「ネット右翼」に関する論考が話題だ。歴史社会学が専門の小熊英二・慶大教授が「ネット右翼」を3つの観点から分析して対処法を提言しているのだが、その内容は意外にシンプルだ。
それだけに、「実感とは違う」「認識が甘い」といった異論も相次いでいるようだ。
「1%未満」の見立てに疑問の声多数
小熊氏の寄稿は2015年3月26日の朝日新聞朝刊に掲載された。小熊氏が指摘する3つの観点のうちのひとつが、「いわゆる『ネット右翼』の数を過大視すべきではない」という点だ。その根拠が大阪大学准教授の辻大介氏が2007年に行った調査だ。
小熊氏は、「その数はネット利用者の1%に満たない。調査時期よりネットが一般化していることを考えれば、この比率はもっと低下しているだろう」として、少数者が匿名で大量に投稿するなどして数が多く見えるが、「ネット上全体ではごくわずかな数だ」とした。
ただ、寄稿に対するツイッター上の反応を見ると、この「1%未満」という見立てが実感に合わないと考える人も多いようだ。
辻氏の調査は、調査会社「マクロミル」のモニター会員20~44歳の人を対象に行われ、998人から有効回答を得た。「ネット右翼」を以下の3つの条件にあてはまる人だと定義したとこと、全体の1.3%にあたる13人が該当した。
a)「韓国」「中国」いずれに対しても、「あまり」「まったく」親しみを感じないと回答
b)「首相や大臣の靖国神社への公式参拝」「憲法9条1項(戦争放棄)の改正」「憲法9条2項(軍隊・戦力の不保持)の改正」「小中学校の式典での国旗掲揚・国歌斉唱」「小中学校での愛国心教育」という5項目すべてに「賛成」「やや賛成」と回答
c) この1年の間に、政治や社会の問題について「自分のホームページに、意見や考えを書きこんだ」「他の人のブログに、自分の意見や考えをコメントした」「電子掲示板やメーリングリスト等で議論に参加した」という3項目いずれかに、したことが「ある」と回答
辻氏は「今回の調査サンプルにはインターネットのヘビーユーザが多いという偏りがある」として、一般的なネット利用者の「ネット右翼」の比率は1%を下回るとみている。なお、上記のb)の条件を「5項目すべて」から「3項目以上」にゆるめると、「ネット右翼」に該当するのは13人から31人に倍増する。
「ネット右翼」を明確に定義しないまま議論されることが多い
「ネット右翼」に関する議論は「ネット右翼」を明確に定義しないままに展開されるこことも多い。「1%未満」は比較的狭く定義した結果として出てくる数字だともいえ、この数字を前提にした議論に違和感を覚える人も多いようだ。
小熊氏は第2のポイントとして、ネット右翼による書き込みは一種の「愉快犯」で、「意図を真剣に考えすぎるべきではない」としている。半面、第3のポイントとして「ああいう発言をしてもいい」という空気を醸成するとして、「この種の言説の広がりは深刻」だとも説く。
ただ、「愉快犯」的な書き込みは、「ネット右翼」に限ったことではなく、いわゆる「左翼」にも少なくない。
対応策のひとつとして小熊氏が挙げるのが「ネット管理者に対応を要請すること」。小熊氏は、直接反論することは「効率も悪いし、相手を喜ばせかねない」として、「通報や警告が行われれば、『こんな発言は許されないのだ』と知らしめる効果はある」と説くが、管理者に通報しても差別的な書き込みがスムーズに削除されるとも限らないというのが実際のところだ。こういった点でも、小熊氏の提言の実効性を疑問視する声も多い。