米女優アンジェリーナ・ジョリーさんが監督を務めた映画に反日的な内容が含まれているとして、制作時から国内の一部メディアやインターネット上で取り上げられた。米国などで封切られた後も、日本では上映されていない。
だが、実際に作品を見た評論家は「反日がメーンの映画ではない」と主張している。
「本当に強い男は敵を許す」がテーマ
ジョリーさんの初監督映画「アンブロークン」は、2014年12月25日に全米で公開された。1936年のベルリン五輪の陸上5000メートルに出場し、太平洋戦争で日本軍の捕虜となったルイス・ザンペリーニ氏の半生を描いた作品だ。「反日的」とされるのは、同氏が捕虜収容所で過ごした間、看守を務めた日本兵に執ような虐待を受ける場面が克明に描かれているためとみられる。
宣伝用の映像を見ると、日本人ミュージシャンで、昨年末の紅白歌合戦でSMAPと共演したMIYAVIさん演じる看守「ワタナベ」が、ザンペリーニ氏役の男優をいたぶるシーンは少なくない。「俺を見ろ」と命じておいて実際に見ると顔面を殴りつける、竹刀で殴打する、大勢の捕虜たちを1列に並ばせ、ひとりひとりに同氏の顔をパンチさせる。果ては炭坑での過酷な労働を強いる。「血も涙もない日本兵」の印象が色濃い。
ただ、全編にわたって「旧日本軍の悪事を暴いた映画」というテイストかと言えば、そうとは言い切れなさそうだ。映画評論家の町山智浩氏が2015年1月13日放送のラジオ番組「たまむすび」(TBSラジオ)で、作品について語った。タイトルの「アンブロークン」は日本語で「不屈」を意味し、どんなにつらい状況に置かれても決してくじけなかったザンペリーニ氏の強じんな精神力が主題だという。実際に映画では、悪童だった幼少期、走ることに喜びを見いだしてから五輪ランナーに成長していく姿、戦時中に搭乗した爆撃機がトラブルで海中に墜落し、47日間の漂流を経て生き残ったという、不屈を連想させるシーンが物語の重要な要素となっている。
看守による虐待シーンは強烈だが、「日本が悪いというだけの映画ではない」と町山氏。例えば東京大空襲で、日本の多くの民間人が苦しむ様子も描かれている。最後はザンペリーニ氏が、1998年の長野冬季五輪で聖火ランナーを務めた映像も盛り込まれたと説明。「反日」一色の映画なら、こうした場面など出てこないというわけだ。そのうえで「本当に強い男は敵を許すというのが、この映画のテーマ」と評した。
ネットに出回る「反日ポスター」描いたのは
「アンブロークン」が反日映画だとうわさされる一因に、映画ポスターがある。ネット上には、血塗られた「日の丸」の旗をバックに銃と戦闘機、ひとりのランナーがシルエットになっている絵や、有刺鉄線でつくられた五輪マークのひとつが日の丸状に赤く染まり、真っ赤に塗られた日本列島が重なるようなデザインなど複数が出回っている。これらは映画タイトル、監督や主演俳優の名が書かれており、まるで宣伝ポスターそのものだ。
ところが公式サイトには、これらのデザインは見当たらない。実際に使われているのは、後姿のザンペリーニ氏が石版のような重たいものを両手で担ぎ上げているワンシーン。公式フェイスブックでは、同氏役の俳優を正面から撮り、背景には漂流の場面や競走でテープを切るシーンなどが挿入されている。実は「血塗られた日の丸」をモチーフにしたデザインなど一部は、ブルガリアのデザイナーが勝手につくってネット上で公開しているもの。ほかも出所が不明の「非公式ポスター」のようなのだ。
過去にも、1983年公開の「戦場のメリークリスマス」(大島渚監督)のように日本兵の捕虜虐待シーンが登場する作品はある。前出の町山氏は、同作が反日だと騒がれることはなかったと指摘した。
映画で「悪の権化」として描かれる看守・ワタナベは実在した人物で、本名は渡邊睦裕氏(故人)。1998年には米CBSテレビのインタビューに応じている。ザンペリーニ氏を徹底的に虐待したことを遠回しながら認め、「軍の命令ではなく、私自身の気持ちから見てフレンドになれなかった」と話した。番組では、捕虜収容所で渡邊氏の部下だった男性が登場し、「彼は収容所の部下全員から嫌われていた。問答無用で人を殴るから」と証言。ナレーションでは渡邊氏を「捕虜だけでなく日本軍の同僚も異常者だと思っていた」とした。
日本での作品公開について2014年12月5日付の産経新聞は、配給元の米ユニバーサル・ピクチャーズが、日本では抵抗感が強いため「思案しているもようだ」と報じている。