いわゆる従軍慰安婦をめぐる「吉田証言」に加えて、原発事故の「吉田調書」でも朝日新聞が他紙から「包囲網」を敷かれている。朝日新聞は2014年5月の段階で、吉田調書の内容をもとに東京電力第1原発の作業員が吉田昌郎元所長=2013年死去=の命令に反して約10キロ離れた福島第2原発に退避したと報じていた。
8月になって他紙も吉田調書の内容を報じたが、「『伝言ゲーム』による指示で現場に混乱があったことを認めているだけで、部下が命令に違反したとの認識は持っていない」(読売新聞)と、朝日記事の内容を否定しているのだ。
読売は社説で「誤解が広がっている」と非難
朝日新聞は5月20日の1面トップで「所長命令に違反 原発撤退」という見出しで、吉田調書の内容を根拠に
「東日本大震災4日後の11年3月15日朝、第一原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発へ撤退していた」
と報じていた。
「吉田調書」には、政府の事故調査・検証委員会のヒヤリングに対して語った内容がまとめられている。朝日新聞の次に調書を入手したのが産経新聞で、8月18日には
「吉田氏は『伝言ゲーム』による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない」
と朝日新聞の報道を否定した。読売新聞も8月30日朝刊の1面トップで吉田調書の内容を報じており、3面には「朝日報道 吉田調書を食い違い」と題した特集記事を掲載。産経新聞と足並みをそろえた。8月31日の社説でもこの問題を取り上げ、
「作業員の奮闘は海外でも称賛されてきた。だが、朝日新聞の『撤退』報道に基づき、米紙が『作業員が命令に反して逃げた』と報じるなど誤解が広がっている」
と朝日新聞を非難した。
豪紙「福島の『ヒーロー』、実は恐怖で逃げ出していた」
同紙の英字紙「ジャパンニュース」では、この「誤解が広がっている」様子を詳しく報じている。9月1日の1面トップでは「原発『撤退』、世界に誤報される」という見出しを掲げて、朝日新聞の報道を根拠にした国外の報道を紹介している。その内容は
「パニックになった作業員が命令に反して原発を逃げ出したことが、記録で明らかに」(米ニューヨーク・タイムズ)
「サムライ精神の英雄的見本とはほど遠く、福島原発の作業員の9割が逃げ出し、被災したプラントに残るという命令に従わなかった」(英タイムズ)
「福島の『ヒーロー』、実は恐怖で逃げ出していた」(オーストラリア、オーストラリアン)
といったもの。記事では、韓国の国民日報がセウォル号事故を引き合いに朝日記事を引用していたことも指摘している。セウォル号は船長をはじめとする乗組員が真っ先に脱出したことが問題視されている。原発作業員をセウォル号乗組員になぞらえているわけだ。
共同通信も8月31日、吉田調書について、
「吉田氏は聴取に、命令違反があったとの認識は示していない」
と報じている。共同記事では、福島第1原発の免震棟内の緊急時対策本部で総務班長を務めた男性社員(46)が
「第2原発に退避することは 前夜のうちに決まっていた。吉田所長も理解していた」
「『命令違反』と書かれているが、 それはいったい何だという感じです」
とも指摘。朝日記事への不快感を示している。
朝日批判した門田氏「朝日には『事実に基づく報道』を求めたい」
5月末の段階で朝日記事を批判していたジャーナリストの門田隆将さんは、J-CASTニュースに対してコメントを寄せ、朝日報道の根拠となる吉田調書にも、その「命令違反」が起こったことを示す根拠がないことを改めて指摘している。その上で、朝日新聞の木村伊量社長を国会に招致し、報道姿勢について質すべきだと主張している。
(以下、コメント全文)
「このような急展開は想像しておりませんでした。私は5月末に、朝日新聞の『命令違反によって、9割の所員が撤退した』という報道は『事実とは異なる』ことをブログで公表し、その後、雑誌やインターネット、そしてインターネットテレビでも同じように論評を発表しました。それは、現場の人間を数多く取材している私は、『2F(福島第2原発)への退避』は『所長命令に従ったもの』であることがわかっていたからです。興味があったのは、朝日が『吉田調書』の中のどのような『言葉尻』を捉えて、事実とは異なる『命令違反報道』を創り上げたのか、という点でした。しかし、朝日の記事を読んでみても、肝心の『命令違反』という吉田発言が出ていませんでした。つまり、『命令違反』というなら、吉田所長によって、『1F(福島第1原発)構内にいろ』という命令が出て、それが部下たちに伝えられ、それを無視して部下たちが『2Fに撤退』していなければ、その『命令違反』は成り立ちません。しかし、朝日が拠って立つその調書の中の吉田証言にも、そのような命令が存在し、それが部下たちに伝わったという部分がまったく存在しない。つまり、最初から『所員の9割が命令違反して撤退した』という根拠が『ない』のです。反原発の立場に立つ朝日新聞が、『現場』を貶めるために意図的に事実を捻じ曲げて報じたことがわかりましたので、私は『現場の真実』だけを伝えるということで、さまざまな論評を発表させてもらいました。もちろん、こんな報道をする朝日新聞に対する憤りはありました」
「朝日新聞には、『イデオロギーに基づく報道』ではなく、『事実に基づく報道』を求めたいと思います。命をかけて奮闘した現場の人たちに対して、事実をそっちのけにして彼らを貶める報道は、許されないと思います。今回の一連の各メディアの報道の中で、現場の人間の証言が出てこなかったのは、朝日新聞だけでした。現場の人々に取材もせずに、あるいは、それを無視して、このキャンペーン記事をやったとしか思えないのです。私は、その朝日新聞の根本姿勢こそが問われるべきだと思います。ここまで『真実』をないがしろにする姿勢は、『報道機関』という名に値しないのではないか、と思います。ここまで来ると、日本を貶める報道を一貫して続けてきた朝日新聞のこの姿勢に対して、国民が『ノー』というべきだと考えます。その報道姿勢がどこから来たのか、朝日新聞社長の国会招致を是非、実現し、『国会』の場で、そのことを究明して欲しいと思います。すでに、焦点は、朝日新聞社長の国会招致に移っていると私は考えています」