東京電力福島第1原発の事故をめぐり、政府の事故調査・検証委員会が吉田昌郎元所長=2013年死去=にヒヤリングした内容をまとめた「吉田調書」が再び注目されている。2014年5月に朝日新聞がその内容を報じたのに続いて、産経新聞も8月18日にその内容を伝えたからだ。
事故直後の作業員の退避についての両紙の解釈は正反対だが、両紙で唯一共通している点がある。政府が吉田調書の全文を公開すべきだ、という点だ。
「吉田氏によれば、あくまで命令の伝言ミスであり、『命令違反』の認識はなかった」
最初に吉田調書を入手したのは朝日新聞だ。5月20日の1面トップ記事で、事故直後に作業員の大半が吉田氏の指示に反して、約10キロ離れた福島第2原発に退避していたなどと報じた。後に産経新聞も吉田調書を入手し、8月18日の1面トップで報じた。産経記事では、「吉田氏は『伝言ゲーム』による指示の混乱について語ってはいるが、所員らが自身の命令に反して撤退したとの認識は示していない」とあり、同じ資料について両紙が全く正反対に解釈していることがわかる。
翌8月19日の1面コラム「産経抄」でも、朝日新聞の記事は「吉田調書」の内容を的確に反映していないと主張している。
「パニックに陥った職員が、一斉に職場放棄する。そんな光景が、目に浮かぶような記事である。しかし、調書を素直に読めば、実態はまったく違う。吉田氏によれば、あくまで命令の伝言ミスであり、『命令違反』の認識はなかった」
その上で、吉田調書を全面公開するように求めた。
「職務を全うした職員の名誉のためにも、政府は吉田調書の全文を公開すべきだろう。吉田氏が、強い憤りを込めて『あのおっさん』と呼んだ菅直人元首相まで、賛成しているのだから」
朝日記者は官房長官会見で「吉田調書」公開を求めてきた
吉田調書の解釈をめぐって朝日と産経が対立しているのは明らかだが、この「全面公開を求める」という一点については「共闘関係」にあるとも言える。官房長官会見では、5月20日の直後から朝日新聞の記者が吉田調書の公開を求めたり、公開できない理由を質したりしていたからだ。6月6日の社説でも、「吉田調書 国民の財産を隠すな」と題して、調書の公開を主張している。
だが、現時点では調書公開へのハードルは高い。その根拠となっているのが、吉田氏が政府事故調に提出した「上申書」だ。吉田氏は体調不良で国会事故調のヒヤリングに応じられなかったため、国会事故調は「吉田調書」を政府事故調から借りて報告書を作成している。上申書は12年5月29日付で、政府事故調が吉田氏のヒヤリング調書全7通と、その録音を国会事故調に開示することを承諾する内容。
政府はこの上申書の内容を5月23日に発表している。上申書には、
「本件資料が、国会事故調から第三者に向けて公表されることは望みません」
とあり、ヒヤリング時の状況を
「時間の経過に伴う記憶の薄れ、様々な事象に立て続けに対処せざるを得なかったことによる記憶の混同等によって、事実を誤認してお話している部分もあるのではないかと思います」
と説明している。調書が公開されることで、その内容が一人歩きすることを危惧する内容だ。
政府は上申書根拠に「ヒアリング結果は公開しない」
菅義偉官房長官は6月5日の会見で、聴取を受けた人の同意を前提に、必要な範囲で公開する考えを明らかにしている。だが、実際の政府の対応は明らかに後退している。6月18日に民主党の長妻昭衆院議員が提出した質問主意書では
「吉田調書については、原発政策の国民的な議論のため、国民に向けて全面公開すべきと考えるが、いかがか」
と調書の内容を公開するように求めているが、政府が6月27日に閣議決定した答弁書では、吉田氏の上申書の内容を根拠に
「ヒアリング結果は公開しないこととしているものである」
と結論付けている。