69回目の終戦の日にあたる2014年8月15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京・北の丸公園の日本武道館で開かれた。天皇皇后両陛下、安倍晋三首相、100歳から7歳までの遺族ら5969人が参列し、日中戦争と第二次世界大戦で犠牲になった約310万人を追悼した。
伊吹文明衆院議長は「追悼の辞」で、世界には「未だに領土拡張の風潮」があることを指摘し、日本を取り巻く国際環境の例として「力による現状変更の現実は予断を許さない状況」を挙げた。沖縄県の尖閣諸島周辺で中国が領海侵犯を繰り返していることを念頭に置いているとみられ、名指しこそしないものの、2013年の式辞よりもさらに直接的な表現で中国をけん制した。
「領土拡張の風潮」はロシアも念頭に置いている可能性
伊吹氏は式辞の中で、
「戦後我が国は、国民の懸命の努力により、平和で美しく、豊かな日本を取り戻し、さらに発展させてきた。しかし、世界各地の今日(こんにち)の状況に目を向ければ、未だに領土拡張の風潮、テロリズム、核の脅威、宗教や民族の違いによる地域紛争は絶えることがない。我が国を取り巻く国際環境も目まぐるしく変化し、力による現状変更の現実は予断を許さない状況にある」
と述べた。前半の「領土拡張の風潮」は、ロシアとウクライナの関係を念頭に置いている可能性もあるが、「我が国を取り巻く国際環境」を説明する文脈での「力による現状変更の現実」は、尖閣諸島を念頭に置いている可能性が高い。2013年の式辞では「安全保障環境も、国際法の枠を超える行為により厳しさを増している」と間接的な表現だったが、さらに踏み込んだ。
産経新聞によると、伊吹氏は13年4月25日に行われた出身派閥・自民党二階派の会合でも、
「領土とか国益の問題がぶつかるから、媚中派の人たちに中国との交渉を任せてはダメだ」
と述べたとされ、以前から尖閣諸島をめぐる中国の動きには警戒感を持っていたとみられる。
震災の追悼式でも「脱原発」発言が問題に
伊吹氏をめぐっては、14年3月11日に行われた「東日本大震災3周年追悼式」の「追悼の辞」で、
「震災で得た教訓をもとに、エネルギー政策のあり方について現実社会を混乱させることなく、将来の脱原発を見据えて議論を尽くしてまいりたい」
と述べ、原発を主要電源のひとつと位置づける政府・自民党の方針と矛盾するとして問題になったことがある。
一方、安倍晋三首相は、式辞では、
「歳月がいかに流れても、私たちには変えてはならない道がある。今日は、その平和への誓いを新たにする日。私たちは歴史に謙虚に向き合い、その教訓を深く胸に刻みながら、今に生きる世代、そして明日を生きる世代のために国の未来を切り開いていく」
と述べるにとどめ、憲法や集団的自衛権には触れなかった。
参列者のうち約4610人が遺族で、そのうち6割にあたる約3000人が戦没者の子どもだ。参列した遺族の約5%にあたる約250人は孫だった。遺族が高齢化し、世代交代が進んでいることを反映している。