習近平政権になってメディア規制が厳しくなったせいなのか、日本の官公庁の会見で中国系メディアの記者が質問するのを見る機会はすっかり少なくなった。そんな中で、ひとり気を吐いているのが香港を拠点にする衛星テレビ局のフェニックステレビの東京支局長、リー・ミャオさんだ。
同局は「中華圏のCNN」とも称される。多くの中国人の指導者層が見ているといわれ、影響力は大きい。2012年に香港の活動家が尖閣諸島に不法上陸した際には、抗議船にフェニックステレビの記者が乗っていたとして批判をあびたことも記憶に新しい。
中国メディアが連日日本批判を展開する原因は、どこにあるのか。内容に中国政府の意図はどの程度反映されているのか。日中関係にメディアが果たす役割について聞いた。
日本関連ニュースがトップ項目に来ることが非常に多い
―― 日中関係は、少なくとも政治については冷え込みが続いています。視聴者の反応は、ここ数年でどう変化していますか。視聴者の日本に対する関心度は高いですか。
リー: おそらく中国にとっても最も重要なのは米国で、その次が日本だと思います。地理的、歴史的には日本が一番近く、中国にとっては無視できません。2010年の漁船衝突事件以前も日本に対する関心は非常に高く、日本のハイテク社会や良い面がクローズアップされることが多かった。漁船衝突事件以降、日本に関する報道はさらに増えていますが、そのほとんどが日本を批判する内容です。ある意味、中国の視聴者が日本に寄せる関心も高くなっていると言えるでしょう。例えば日本国内では集団的自衛権の行使容認をめぐる動きが話題になりましたが、中国の視聴者は日本国民以上に「日本が集団的自衛権をきっかけに軍国主義化するのではないか」といった懸念を持っています。非常に日本の情報にはデリケートになりつつあります。フェニックステレビの場合、日本関連ニュースがトップ項目に来ることが非常に多いです。
―― 視聴者はどんなところに関心を持つのでしょうか。
リー: フェニックステレビの主な視聴者層は中国のエリート層を想定しています。彼らの日本についての関心事は、やはり政治動向や軍事に関する情報です。第二次大戦の歴史もあり、日本の行動に非常に警戒感を持って見ています。若い人たちは、日本の動画や漫画に対する関心も高いですが、東京支局から発信するのは政治に関するニュースがほとんどです。
フェニックステレビが「中国政府寄り」という表現は正確でない
―― フェニックステレビは中国での影響力が大きいだけに、日本メディアに引用されることも多い。「中国政府寄りの~」といった枕詞つきで紹介されることもあります。例えば11年2月19日付の朝日新聞には「鳩山氏『菅政権、ひたすら米追随』 香港のTVで内輪もめ発信」という見出しの上海発の記事が載っています。記事ではリーさんが鳩山由紀夫元首相にインタビューした内容を報じていますが、「中国政府に近い香港の衛星放送フェニックステレビは~」という書き出しで、「鳩山氏が菅政権は東アジア共同体構想を重視していないと批判したことを受け、中国でも警戒論のある日米接近論が報道姿勢に表れた」と論評しています。
リー: これは非常に悪い例です。まるでフェニックステレビが中国政府と共謀してインタビューを企画したかのような記事です。インタビュー放送後、日本メディアの記者が官房長官会見で「長官、今回のフェニックステレビの意図はどこにあると思いますか」といった質問をしたことがありました。私もその場にいましたが、非常に悪意を感じる質問で驚きました。この朝日の記事は、事前に私たちに確認取材をしないまま書かれています。もし取材をしていれば、中国政府の意図とは関係ないことを明確に説明していたはずです。日本という自由に取材、報道ができる国でこういうことが起こるのは残念です。いずれにしても、「中国政府寄り」という表現は正確ではありません。
―― そもそも、鳩山氏へのインタビューは、どのような経緯で実現したのでしょうか。
リー: 2010年に漁船衝突事件があり日中関係が悪化していたので、首相在任時に「東アジア共同体」構想を提唱していた鳩山氏に話を聞こうと考えました。私の発案で、鳩山事務所に直接申し込みました。その後、13年にも鳩山氏にインタビューしました。鳩山氏は「中国側から見れば(日本が尖閣諸島を)盗んだという風に思われても仕方がない」と発言して非常に問題になりました。このときも、日本メディアからは「フェニックステレビは中国政府と結託している」と激しく非難されました。
―― フェニックステレビの立場は、日本で言う民放のようなものですか?
リー: そうです。香港にある上場会社なので、中国の中では唯一自由に報道できるメディアです。それが香港に本拠地を置く理由です。視聴率の面では中国中央テレビ(CCTV)とライバル関係にあるかもしれませんが、報道内容や傾向は全く違います。
中継ではデスクのチェックもなく、勝手に自分で喋っている
―― フェニックステレビも、中国政府の意向を慮るということはないのですか。あるいは「問題になりそうなのでやめておこう」といった有形無形の圧力を感じることはありませんか。
リー: 少なくとも私はありません。香港との生中継では誰からも何も言われません。デスクのチェックもなく、勝手に自分で喋っています。日本の一部メディアのように、事前に原稿を送って許可をもらわないと話せない、ということはありません。
―― 日本のメディアは中国政府が何を考えているかよく分からないので、「フェニックステレビなら少しは中国政府の意図を把握しているかもしれない」と思っている節があります。
リー: 彼らがこのように書きたがることは、よく分かります。すぐに関連づけて、読者や視聴者に分かりやすいシナリオを組み立てる。それでは色眼鏡で物事を見ているに過ぎません。少なくとも私たちは香港の会社ですし、東京からの報道は客観的、中立的になるように心がけています。例えば、いわゆる従軍慰安婦をめぐる問題では、「謝罪は十分」とする政治家と「不十分」だという政治家の両方がいることを報じています。強制性の有無について意見が分かれていることについても、それぞれの立場の政治家に取材して報じています。中国政府寄りだと言われるのは非常に心外です。
「ダメ元」で抗議船に乗ったら出港できてしまった
―― フェニックステレビが日中をめぐる事件の当事者になったこともありました。2012年に尖閣諸島に香港の活動家が上陸した際、抗議船に乗っていたフェニックステレビの記者も身柄を拘束され、那覇で中継していたリーさんも日本メディアから注目されました。
リー: フェニックステレビの記者とカメラマンが抗議船に乗っていたのは事実ですが、「フェニックステレビが活動家と結託していた」といった報道は誤りです。この抗議船は、毎年尖閣に向けて出港しようとしては香港当局に阻止される、ということを繰り返してきた経緯があります。記者は言わば「ダメ元」で同乗取材したところ、どういうわけか阻止されずに尖閣までいくことになってしまいました。
カメラマンは、パスポートすら持っていませんでした。この記者は、台湾沖を通過した時は「こんなぼろい船で台湾まで来られたのが奇跡だ」と話していたほどです。後に「まさか尖閣まで行くとは思わなかった」とも話しています。私が那覇で取材していたときは、現場に着いたとたんに日本のメディアに囲まれて、自分のリポートも邪魔されたような形になりました。
―― 現場からリポートするときに、何か気をつけていたことはありますか。
リー: できるだけ客観的に報じるということです。「日本政府はけしからん」「なぜ私たちの記者をつかまえるんだ」といったことは私の口からは言いません。ただ、中国ではこの件は大変な関心事になっていて、冷静に考えられる視聴者が少なくなっているのも事実です。単純に「中国人記者が日本に逮捕された→日本が不当なことをしている」としか報じないメディアがほとんどです。
そうではなくて、せっかく日本まで来て特派員をしている訳ですから、「日本人は何を考えているのか」「日本の警察は『不法上陸者』に対してどのような対応をしないといけないのか」「日本の中でどういう雰囲気が、どういう経緯でできあがったのか」といった事柄を伝えるように努めています。
客観的事実伝えただけでも「日本側に立っている」
―― 事実関係やファクトを粛々と伝えるということですね。こういった姿勢は、視聴者に伝わっていますか。
リー: なかなか難しいところです。そもそも、尖閣に関する客観的な事実関係が中国に伝わっていないことが問題です。いまだに、「尖閣は中国が実効支配している」と思い込んでいる人も多い。日本が実効支配しているという事実が理解されていないので、中国の視聴者からすると「抗議船は中国の力が及んでいる場所に行ったはずなのに、なぜ日本に逮捕されてしまうのか。非常に問題だ」となる。ただ、こういった客観的な基礎的な事実を伝えただけでも、「日本側に立っている」といった批判を多く受けます。
リー・ミャオさん プロフィール
りー・みゃお 香港フェニックステレビ東京支局長。中国吉林省出身、吉林大学日本語学科を卒業後、1997年に来日。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科で国際関係を学び、博士課程単位取得退学。国際放送「NHKワールド・ラジオ日本」中国語アナウンサーを経て2007年から現職。