理化学研究所の小保方晴子氏が論文で「STAP細胞」と発表したものは、そもそも違う細胞だったのではないか――。理研の研究員による解析から、このような疑義が浮かび上がってきたという。
事実だとすれば、「STAP細胞はあります」と断言していた主張が根底から崩れ、小保方氏は絶体絶命となるだろう。
「生きたマウス」には見られない染色体異常
STAP細胞についてインターネット上に公開されている遺伝子データを解析したのは、理研上級研究員の遠藤高帆氏らのグループと東京大学の研究グループだ。2014年6月11日付の「日経サイエンス」電子版号外ほか複数の報道によると、データ解析により、ほぼすべての細胞に8番染色体が通常より1本多く3本ある「トリソミー」という異常があることが判明したという。
問題は、8番染色体がトリソミーのマウスは胎児のうちに死亡し、生まれることがない点だ。小保方氏は論文で、生後1週間のマウスから取り出した細胞を酸性の溶液につけてSTAP細胞を作製したとしている。こうなると、分析結果と論文の内容は矛盾することとなる。
気になるのは、「STAP細胞」とされたものの正体だ。可能性が高いのが、ES細胞(胚性幹細胞)だという。「8番トリソミー」は、実験に使うために培養されているES細胞の2~3割に見られる、「よくある事象」(日経サイエンスの記事)だそうだ。
小保方氏は4月9日の会見で、報道陣から「STAP細胞はES細胞ではないかとの指摘もあるが」と問われ、研究期間中に実験室でES細胞は培養していなかったと否定した。だが今回の解析からは、小保方氏が示した作製法に沿うと、実験に使ったはずの「生きたマウス」には見られない染色体異常が起きていたことになる。どうやって細胞をつくったのか、謎が深まる。
STAP細胞の遺伝子については、共同研究者の若山照彦・山梨大教授が3月の時点で疑問を提示していた。若山氏は小保方氏に、「129系統」というマウスを使ったSTAP細胞作製を依頼したが、その後渡された2種類の細胞を分析したところ、実際は「B6」「F1」という別の種類のマウス由来だったという。6月3日付の毎日新聞は、「これらの系統はES細胞の作製によく使われるため、ES細胞が混入した可能性が指摘されていた」と説明している。小保方氏は4月の会見の席上でこの点を問われたが、「若山先生と直接話していない」として回答を避けた。
ES細胞論文ねつ造で追われた韓国人研究者
小保方氏は、理研で行われているSTAP細胞の検証実験に5月下旬から立ち会っているようだ。毎日新聞6月11日付の朝刊によると、論文で示した手順に従って再現実験を実施し、今夏には中間報告が出る予定だという。本人助言の下で、論文に書かれていたのは本当にSTAP細胞だったのか、それともデータ解析で可能性が示されたES細胞か、はっきりするはずだ。
仮にES細胞だったとなれば、小保方氏の「研究者生命」は窮地に追い込まれるだろう。既に論文については、英科学誌「ネイチャー」からの撤回に同意した。これでSTAP細胞の研究は白紙に戻ると見られる。理研からは、論文の画像データの一部で「改ざん、ねつ造があった」と判断され、近いうちに処分が下される見込みだ。
共同研究者の若山教授は「週刊文春」6月19日号で独白し、4月の小保方氏の会見を聞いて「目の前が真っ暗になりました……ああ、このまま全部自分のせいにされるかもしれない、科学者でいられなくなるかもしれないと、不安に苛まれました」と精神的に苦しかった様子を打ち明けた。さらに「理研も小保方さんと一緒に私に全責任を押しつけるのではないかと不安でした」とも語った。以前は協力関係にあった小保方氏に対して、今は全く別の感情を抱いているようだ。
かつて「ノーベル賞候補」とまで持ち上げられながら、その後に論文のねつ造が発覚してアカデミズムの世界を追われた人物がいる。当時、韓国・ソウル大教授だった黄禹錫(ファン・ウソク)氏だ。研究分野はくしくも、ES細胞だった。黄氏の科学者としての信頼は失墜し、ES細胞の研究全体にも大きなダメージを与えたはずだ。最近になって黄氏は研究の世界に戻ってきたようだが、一度失った信頼を取り戻すのは簡単ではないだろう。
小保方氏は4月の会見で「この先、研究者としての道があるならば、STAP細胞の研究をできるだけ早く進めていきたい」と語った。だが、本人を取り巻く現状から見ると、その実情は非常に厳しいと言えそうだ。