安倍晋三首相が欧米メディアの記者に向けて発言した内容が、波紋を呼んでいる。関係悪化が続く日本と中国について、第1次世界大戦前の英国とドイツになぞらえた部分が大きく取り上げられたのだ。
政府は「第1次大戦のようにしてはならないとの趣旨だ」と説明し、誤解を解こうと躍起だ。だが欧米メディアは、日中関係が大戦前の英独のような緊張状態と受け止め、「日中は戦争に進むのか」と題した記事を配信したところもある。
FT「軍事衝突が起こるなど問題外、とは言わなかった」
スイスで開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席した安倍首相は2014年1月22日、海外メディアを招いて懇親会を開いた。その席で中国との関係について説明した発言が、報道陣を驚かせた。
英フィナンシャルタイムズ(FT)紙の記者は、1月22日付の記事冒頭、「安倍首相に日中間での戦争はあり得るかを尋ねた。興味深いことに、その種の軍事衝突が起こるなど問題外だ、とは言わなかった」と書いている。
続けて、今日の日中の緊張状態と第1次大戦前における英国とドイツの競争関係を比較して、「似た状況」と述べたという。当時の英独には現在の日中同様、強固な経済関係があったが、これが1914年の軍事衝突につながる緊張状態を防ぐことはできなかった。この事実に基づいて安倍首相は、英独と日中を比較して説明したとなっている。
英BBCニュースの記者は、安倍首相の話が「面白いが少々恐ろしかった」と報じた。「日中の悪化した関係は、今から100年前、第1次大戦前の英国とドイツの関係を思い起こさせる」としている。これが「コメンテーターならともかく、日本のリーダーが話しただけに衝撃が強い」と評した。
記事は続く。当時の英独関係と同じく、日中も膨大な相互利益をもたらす貿易パートナーであり、平和こそが両国および周辺地域の繁栄のための防波堤となる。だが中国が防衛予算を年間10%増加させている点を、安倍首相が挑発的だととらえたのは明白だとしている。
米ニューヨークタイムズ紙は、FTと同じく今日の日中関係と過去の英独関係が「似た状態(similar situation)」との表現を用いた。さらに「安倍首相は、1914年の英独における強い経済関係は、今日の日中間の経済的な相互依存とよく似ていると述べた」と書かれていた。
ゴシップ紙が扇情的に報じたのではなく、主要メディアが流した記事だけに「安倍首相が日中関係を、第1次大戦前の英独関係に例えて話した」との内容は、首相のねらいとは別に、高い信用度を持って日中の緊張が強まっていると世界に広めてしまったことになる。
「衝突や摩擦が思いがけず、偶発的に起きるかもしれない」
19世紀末ごろの英独関係は悪いものではなかったが、20世紀初頭にかけて両国海軍の軍拡競争が激しさを増していく。その後ドイツが外国への影響力を強めるため鉄道の敷設に乗り出すと、英仏露がこれに強く反発。最終的にはドイツとオーストリア、イタリアによる「3国同盟」と、英仏露の「3国協商」を軸とした対立に発展し、最悪の事態へと進んでいった。
安倍発言は、100年前の「悪夢」が日中間で再現される恐れがあることを匂わせたものかと、欧米メディアがいきり立ったわけだ。米タイム誌電子版の1月22日付記事の見出しは、「日本と中国は戦争へと向かうのか」と刺激的だ。「衝突や摩擦が思いがけず、偶発的に起きるかもしれない」という首相の言葉を引用。アジアのふたつの大国に横たわる緊張を緩和する策は持ち合わせておらず、「残念ながら、(問題解決への)明確なロードマップはない」と話したと続けた。一方で、両国の防衛当局間で連絡体制を確立することが、事態の打開につながるかもしれないとの趣旨を口にしたという。
菅義偉官房長官は1月23日の記者会見で、安倍首相の発言の真意は「日中関係を第1次大戦のようにしてはならないという意味」と説明した。100年前の英独は経済関係があったにもかかわらず戦争へと進んでしまった。決して同じ轍は踏んではならず、日中間で問題があるときには相互のコミュニケーションを緊密にすることが重要とも強調した。さらに各国大使館を通じて、発言の意図を海外メディアに説明する方針だという。1月24日付の朝日新聞夕刊によると、懇親会の席で安倍首相の発言を通訳が伝える際に、英独関係の説明で「I think we are in the similar situation.(我々は似た状況にあると思う)」と付け加えたそうだ。
日本側が中国との衝突を望んでいるわけでは、もちろんないだろう。だが欧米メディアが、首相発言をこうした形で配信したのは事実で、各国で「日中関係がこれほど緊迫しているとは」と驚かれたに違いない。