史上最大規模に発達した台風30号により、フィリピン中部レイテ島の中心都市タクロバンは壊滅的な打撃を受けた。死者は1万人を超えたとも報じられている。
沿岸部では家屋や車が大量の水に流されて、がれきが散乱している。猛烈な台風の威力が、津波に似た高潮を生み出したようだ。
気圧が周辺より低いため、海面が上昇
台風30号はレイテ島や隣のサマール島に深刻な被害をもたらしたが、フィリピンの他の地域からは大きな災害に見舞われたとの情報は聞こえてこない。北部にある首都マニラ近郊に住むフィリピン人男性に取材すると、「台風が上陸した2013年11月8日は、雨は降ったものの晴れ間すらのぞき、オートバイを運転したが支障はなかった。翌日には家族とショッピングモールに出かけたほどで、いつも通りの生活を送った」と説明する。それだけに、レイテ島の惨状にショックを隠せない様子だ。南部ミンダナオ島在住の男性も、風雨が多少強かったが暮らしへの影響は出なかったと話した。
確かに台風は、レイテ島を東から西に抜ける形で通過している。現地の映像を見ると、大型船が陸に乗り上げ、家々はがれきの山と化し、車はひっくり返るなど無残極まりなく、津波に見舞われた被災地のようだ。同じ国内でもマニラは「晴れ間も出た」と聞くと、あまりにも対照的だ。
気象専門家は、これほど大きな被害になった原因として台風による高潮を挙げる。気象庁によると高潮は、ふたつの現象により発生する。ひとつは「吸い上げ効果」。台風の中心は気圧が周辺より低いため、中心付近の空気が海水を吸い上げるようになり、海面が上昇する。気圧が1ヘクトパスカル(hPa)下がると、潮位は約1センチ上昇するとのことだ。
海面上での平常時の大気圧は、1013hPa程度とされる。台風30号の場合、上陸前の11月6日18時の時点では940hPaだったが、8日0時には895hPaまで気圧が下がっている。単純計算だと、上陸時には平常時と比べて海面が1メートル以上も上昇していたことになる。
これだけではない。もうひとつの「吹き寄せ効果」が、事態をさらに深刻化させていた可能性が高いのだ。
伊勢湾台風では最高潮位3.9メートルに達する
台風により沖合から海岸に向かって強い風が吹くと、海水は海岸に吹き寄せられて海岸付近の海面が上昇する。潮位の上昇は風速の2乗に比例し、風速が2倍になれば海面上昇は4倍になる。これが吹き寄せ効果だ。さらに遠浅の海や、風が吹いてくる方向に開いた湾の場合、地形が海面上昇を助長させるように働き、特に潮位が高くなると説明されている。
レイテ島の場合、台風の進路にあたる東側にレイテ湾が向いている。中心都市のタクロバンは、湾の奥にあたる場所に位置するため、条件はますます悪い。吸い上げ効果で潮位が上がっているところへ、上陸時には最大風速65メートル、最大瞬間風速は90メートルに達するほどの台風の猛烈な風力により、吹き寄せ効果は巨大だったと推測される。4~5メートルの高波が絶え間なく押し寄せ、防潮堤を超えて海水が島になだれ込み、沿岸部を飲み込んでしまったのだろう。
東京大学大学院工学系研究科の佐藤慎司教授は、11月10日放送のNHK「ニュース7」で、この種の高潮について「場合によっては気象津波とも呼ばれる」と説明した。
「気象津波」については、広島工業大学環境学部の田中健路准教授が同大学のウェブサイトで説明している。気圧や風の変化で、外洋では高さ数センチ、波長数10キロの非常に緩やかな海面の変化が起こる。これが、地震により発生する津波と同じメカニズムで沿岸に近づき、流れの速い2~3メートルの波として押し寄せるというのだ。
田中准教授によれば、気象津波は、天気図では表されない程度の微小な気圧のゆらぎが、海面を変形させ、波の進行と気圧のゆらぎがほぼ同じ速さ・向きに進む共鳴効果で次第に波高が高くなり、波の周期と湾の固有振動周期と重なると更に波が高くなるというもの。発生する気象条件は温帯低気圧や前線、高気圧の張り出しなどで異なり、国内的にも国際的にも、厳密な定義の確立までには至っていないという。今回の台風に関しては、高潮、高波および島や海岸の地形による要因を主として捉え、副次的な要因として台風内部の気圧や風のゆらぎによる波の共鳴効果の可能性を必要に応じて検証すべきとしている。
日本でもかつて、台風による高潮で多くの犠牲者が出たケースがある。1959年9月下旬、紀伊半島に上陸した「伊勢湾台風」は、特に三重県から愛知県にかけての伊勢湾沿岸地域に甚大な被害を与えた。死者は約4700人に達する。気象庁によると名古屋港では、高潮による潮位上昇は3.5メートルに及び、最高潮位は3.9メートルという国内最大級の高さに達した。この高潮が、国内で史上最悪と言われる台風による災害につながった。
(2013年11月21日11時40分、追記)