批評、評論などを主として取り上げる朝日新聞「論壇時評」の欄で、毛色の違う文章が大きく取り上げられた。皇后さまの「おことば」だ。
評者の作家・高橋源一郎さんは、「美しいと思い、体が震えた」と初めて読んだときの感想をつづっている。紙面を通じてその発言に触れた人々からは、改めて感銘の声が上がった。
読書を通じて皇后さまが「得た」ものとは?
高橋さんが「震えた」といい、皇后さまに注目するようになったきっかけとして2013年10月31日の紙面で紹介しているのが、今から15年前の1998年、国際児童図書評議会(IBBY)のニューデリー大会に寄せたビデオ講演だ。
「子どもの本を通しての平和」という大会のテーマに沿い、皇后さまは幼少期の読書体験を振り返っている。舞台となる時代は第2次世界大戦、そして戦後の混乱期まっただなかだけに、「疎開」にまつわる思い出も多く語られた。
高橋さんが「記憶に焼きついた」と引くのは、その末尾の一節だ。
「そして最後にもう一つ、本への感謝をこめてつけ加えます。読書は、人生の全てが、決して単純でないことを教えてくれました。私たちは、複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても」
引用箇所以外でも、講演で皇后さまはこうした「複雑さ」についてさまざまな言葉で言及されている。戦時中、「敵国」の文学もあえて収めた『世界名作選』を読んだ思い出に触れ、
「国が戦っていたあの暗い日々のさ中に、これらの本は国境による区別なく、人々の生きる姿そのものを私にかいま見させ、自分とは異なる環境下にある人々に対する想像を引き起こしてくれました」
また「橋」を比喩に語った以下の部分は、特に印象深い。
「生まれて以来、人は自分と周囲との間に、一つ一つ橋をかけ、人とも、物ともつながりを深め、それを自分の世界として生きています。この橋がかからなかったり、かけても橋としての機能を果たさなかったり、時として橋をかける意志を失った時、人は孤立し、平和を失います」