新日鉄はなぜポスコを提訴したか? ひょんなことから「証拠」押さえる

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   新日本製鉄が、提携関係にある韓国の鉄鋼大手ポスコなどを相手取り、高機能鋼板について、新日鉄が保有する製造技術を不正に取得・使用されたとして、不正競争防止法に基づく民事訴訟を東京地裁に起こした。「営業秘密の不正取得行為」として約1000億円の損害賠償と、高性能鋼板の製造・販売差し止めを求めている。

   日本企業の退職した社員などを通じ、海外への技術流出は増えているとされながら、これまでまでは確証のない「噂」の域を出なかった。今回、新日鉄はひょんなことから「証拠」を押さえ、提訴に踏み切った。

「秘中の秘」が漏れた

   訴えは4月19日日付で、対象はポスコと、日本法人「ポスコジャパン」(東京都中央区)、新日鉄で研究開発部門にいた元社員。新日鉄は米国でも、ポスコを相手取って24日、提訴した。

   問題の鋼板は「方向性電磁鋼板」。電気を各家庭に送るための変圧器に広く利用される特殊な鋼板。高機能の電磁鋼板の生産規模は世界で年間約100万トン程度に上り、新日鉄はシェア約3割を占めるトップメーカーだが、ポスコも2004~05年ごろから急激に品質を向上させ、現在のシェアは約2割に達するという。

   通常、企業は新技術を開発したら特許を取得して守るが、製造ノウハウが極めて特殊な場合、特許を取って技術内容を公開するより、徹底的に隠す方が実態として技術を守れる。今回の特殊な鋼板は、まさにそうした「秘中の秘といえる技術」という。

   新日鉄は、ポスコが新日鉄元開発担当者から不正に入手しない限り、簡単に製造できるはずがないとの疑惑を持ち続け、繰り返し警告してきたという。宗岡正二社長は5月14日の会見で、「基本的な協調関係は堅持していく」と述べ、2000年以来続くポスコとの研究開発や原料調達などでの戦略的提携関係は維持する考えを示す一方、「我々が何十年もかけて数百億円を投じて研究開発してきたものを、なぜあれだけ短期間でものにできたか疑問」と指摘した。

韓国の裁判がきっかけに

   新日鉄が提訴に踏み切る「証拠」をつかめたのは、韓国内の「事件」がきっかけ。2007年、ポスコから中国メーカーに、問題の鋼板の技術が流出させたとしてポスコ元社員が逮捕された。この元社員は裁判の中で、「流出した技術はポスコのものでなく新日鉄の技術」と主張。裁判では今回の新日鉄元社員の名前も登場したことから、新日鉄が証拠保全手続きで元社員の保有する資料を押さえ、今回の提訴につながった。まさに「幸運のなせる技」(新日鉄関係者)だった。

   日本企業の海外進出増加や世界的な人材の流動化、情報技術(IT)の進展などに伴い、鉄鋼以外でも、電機メーカーなどで同様の問題は深刻とされる。政府は不正競争防止法の罰則を強化し、刑事罰(営業秘密侵害罪)を導入したが、刑事裁判に持ち込める例はほとんどない。

   実際に、企業は現在でも、退職者と秘密保持契約や、競業他社への転職を禁止する契約を結ぶなどしている。新日鉄もこの元社員と秘密保持契約を結んでいた。しかし、「退職した社員の行動を全て把握するのは無理」(鉄鋼業界筋)だし、職業選択の自由の観点から転職を制約するのは現実には困難。契約上の「企業秘密」の定義もあいまいで、十分に機能していないという。

   それだけに、今回の提訴は産業界の闇に一条の光がさした形で、日本の産業界全体が強い関心を寄せる。本当に流出に歯止めをかけることができるか、まさに試金石になる。

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