東京電力の福島原発事故に伴う電力不足、原発停止と平均17%の電気料金値上げ方針を受け、東電などの電力会社ではなく電力自由化で新規参入した特定規模電気事業者(PPS)から購入しようとする自治体や民間企業の動きが広がっている。
ただ、PPSの供給力には限りがあり、入札を実施しても不調に終わるなど、ユーザーの目論見通りにいかないのが実態だ。
当初、1億円以上の節約を見込んだが…
今回、特に注目されたのが世田谷区。2011年、脱原発を看板に予想外の当選を果たした保坂展人区長(元社民党代議士)が1月に区役所本庁社や小中学校、区民会館など111カ所について入札実施を表明していた。
官公庁、自治体の電力入札は、珍しい話ではなく、中央官庁は軒並み実施、自治体でも、例えば立川市が2010年度から市営競輪場の電力をPPSから見積書を出させて選定する方式を採用、商社系PPSと契約し、年間1660万円(27%)節約している例などあげたらきりがない。
横浜市は自由化開始1年後の2001年度に5施設で入札を始め、いまでは約900施設に拡大。3分の2をPPSが落札している(残りは主に東電が落札)。
このため、世田谷区の入札に「何を今更」(あるPPS関係者)など冷ややかな声が聞かれたが、2月28日に入札結果が発表され、PPS最大手のエネット(NTTファシリティーズ、東京ガス、大阪ガスの合弁)が7億600万円で落札。当初、1億円以上の節約を見込んだが、結果は4400万円にとどまり、保坂区長も「(入札増加で)売り手市場になっていることを考えれば一定の効果が出せた」と、入札が成立したことにむしろほっとした表情を見せた。
区長指摘の通り、電力市場は現在、供給不足が目立つ。PPSはエネットや三菱商事系のダイヤモンドパワーなど自前で発電施設を持つ業者は限られ、企業の自家発電の余剰電力や自治体のバイオマス発電分などを確保し、ユーザー(大口利用者)に供給する事業者が多い。
自治体の入札も不調が続出
しかし卸電力取引所の取引価格は震災前に3倍以上に高騰、「自前の発電所を持たない業者は赤字垂れ流し」(業界大手)状況になっているという。読売新聞の調査ではPPS50社のうち実際に事業を行っているのは26社にとどまる(2月23日朝刊)。実際、「官民入り乱れ多方面から問い合わせが殺到している」なかで、PPS大手でも「要望に答えられず、注文を断っている」のが実態。都内のある大型ビルのようにPPS数社に声をかけ、やっと2社から見積もりをもらい、なんとか1社と契約にこぎ着けた例もある。
自治体の入札も不調が続出。茨城県は2012年度使用電力の入札に東電が参加を見送ったため、県上下水道事務所など19件の入札がPPSの応募ゼロ、県庁舎など2件の入札も、1件はPPS1社が当日辞退し、PPS2社の応札があった案件も予定価格を上回り、すべて不調に終わった。このままでは値上げを発表した東電と随意契約を結ぶ公算が大きいとみられる。 群馬県太田市の公共施設でも、入札に参加したPPS3社の価格が市の予定価格を上回り、不調に終わった。市が東電の値上げはないと踏んで予定価格を算出、値上げを前提に計算したPPSの入札価格との開きが大きかったとの見方が出ている。
電力小売市場の60%近くが自由化されている
さらに、東電管内ではないが、新潟県三条市は入札を実施した11件のうち10件で東北電力が単独入札で落札し、PPSはイーレックス(日立や東芝が出資)が1件(三條機械スタジアム)落札しただけ。
こうした事態について、ある大手PPS関係者は「民間の引き合いに可能な限り応えた上で、供給に余裕があれば官公庁の入札に参加するのが基本スタンス」と打ち明ける。ただし、「世間に注目される案件は『広告料込み』で取りに(落札しに)行く」(別の大手PPS幹部)。世田谷区などは、その一例と言えそうだ。
総合マーケティング会社、富士経済が2012年2月にまとめた調査報告書「電力・ガス・エネルギーサービス市場戦略総調査2012」によると、現在、電力小売市場の60%近くが自由化され、PPSの2010年度の販売電力量は199.6億kWh(前年度比30%増)と急拡大(シェアは電力需要全体の2%止まり)。
しかし原発事故後、安価な電力の安定調達は難しくなり、「PPSは新規顧客の獲得から既存顧客への安定供給へ軸足をシフトさせている」。このため、2011年度のPPSの電力販売量は200.6億kWhと微増にとどまると見る。需給の逼迫は長期化する見通しで、PPSのトレンドは「攻め」から「守り」へと変化し、PPSの電力販売量は2015年度でも214.5億kWhにとどまると分析している。
一部自治体の華々しい電力入札の報道の陰で、PPSの実態はお寒い限り。国民は、競争促進を怠ってきたエネルギー行政のツケ(東電の値上げ)を払い続けることになりそうだ。