市民団体である「欧州放射線リスク委員会」が、福島原発事故の影響によるガン患者が今後50年間で41万人余も出ると予測して、波紋を呼んでいる。根拠は本当にあるのだろうか。
ガン患者の予測は、欧州放射線リスク委員会(ECRR)が2011年3月30日に元のデータを発表した。
内部被曝考慮に入れていないと批判
それによると、福島第1原発から200キロ圏内では、今後50年間でガン発症が41万人を越え、今後10年間を見ても半数の22万人余に達するという。政府が規制値の参考にしている国際学術組織「国際放射線防護委員会(ICRP)」が今後50年間で6000人余と予測しているのに比べ、ケタが2つも違う。
ECRRでは、ICRPは呼吸や飲食による内部被曝を考慮に入れていないとし、その予測方法を批判している。
7月20日には、ECRRのクリストファー・バズビー科学議長(65)が来日した。報道によると、バズビー氏は会見で、福島第1原発から100キロ圏では今後10年間でガン患者が32%も増えると指摘。政府が放射線量の規制値を年1ミリシーベルトから20ミリシーベルトに緩和したことを無責任だなどと批判した。ECRRは、内部被曝を考慮して、年0.1ミリシーベルトを規制値に主張している。
日本でも、反原発で知られる作家の広瀬隆さん(68)らが、こうした予測結果などを元に、原発関係者らを7月8日に東京地検特捜部に刑事告発したと会見して明かすまでになっている。
ECRRは、欧州議会に議席を持つ「欧州緑の党」のイニシアティブで1997年に設立された。しかし、欧州議会の下部組織ではなく、市民団体として、緑の党と同様にベルギーを本拠に活動している。
その予測結果は、どれだけ信用できるのだろうか。
専門家は疑問呈すも、内部被曝の怖さには理解
内部被曝をどう見るかを巡っては、国立がん研究センターが2011年6月22日に開いた「放射線被ばくについての公開討論会」でも、大きな議論になった。
国立がん研究センターのサイトに掲載された動画を見ると、北海道がんセンターの西尾正道病院長は、討論会でECRRの予測結果をICRPと比較してこう指摘している。
「どっちが正しいかは、分かりません。ECRRは、よく理解できない生物・物理係数のような特殊な係数を掛け合わせており、過剰な数字になっています。ICRPも、逆に、ずいぶん少ないなというのが実感ですね。まさに政治的な立場によって、これだけのデータのばらつきがあります」
ただ、西尾病院長は、内部被曝の方がよりリスクがあって怖いことをもっと考慮すべきだと説く。放射性物質がもし体内に残留すれば、長い期間にわたって深刻な影響をもたらすからだ。特に、α・β線といった粒子線は強力な発がん性があるので恐ろしいという。
「(政府は)空間線量率を測って、γ線だけの外部被曝を問題視し、20ミリシーベルトと議論しています。しかし、これは被曝のごく一部を語っているに過ぎません。健康被害については、これだけでは、全然語れません。(政府のやり方は)虚構、欺瞞ですね。20ミリシーベルトを安全と称しているのはウソです」
医療従事者でさえ年平均で0.21ミリシーベルトしか浴びていないという。そのうえで、西尾病院長は、内部被曝の影響がまだ調べられていないとして、「排泄物を含めて放射線の量を測っていかないといけません」と指摘した。
「低線量被曝のリスク推定は科学的に困難」
一方、ICRP委員でもある大分県立看護科学大学の甲斐倫明教授は、公開討論会で、内部被曝については、「外部被曝と同じ線量なら、それよりリスクが高いという証拠はありません。リスクは同じです」と主張した。
外部・内部被曝の両方とも、粒子線の影響も考えなければならないが、まず全体としての被曝線量をみるべきだとする。20ミリシーベルトなどは、安全基準ではなく、あくまでも目安や上限値であって、そこまで被曝していいということではないという。甲斐教授は、「低線量被曝のリスク推定は科学的に困難ですが、どんなに微量でも何らかのリスクがあります」として、全体として浴びる線量を少なくすることにむしろ注力すべきではないかと指摘した。
そのうえで、甲斐教授は、西尾正道病院長と同様に、「今後は、内部被曝の線量情報もしっかり評価していくことが必要です」と提言した。