米議会はパスオーバー(ユダヤ教の祭日)やイースター(キリスト教の復活祭)で2011年4月18日から2週間の休会に入った。2011年度の予算案で大もめになった直後だけに、この束の間の政治空白期は、再選出馬を表明したオバマ大統領にとって選挙運動をスタートさせる絶好の機会になった。
シリコンバレーやハリウッドの裕福な支援者から選挙資金をかき集める―ロサンジェルスの超一流レストランで開かれた小規模なディナーパーティのパーティ券は3万5800ドルだったと噂されている―だけでなく、大統領は十八番のタウンホール・ミーティングにも顔を出し、若い世代との絆を再確認した。
Y世代のおよそ8割フェイスブックを毎日利用
4月20日の集会がニュースになった背景には、その舞台がシリコンバレーにあるフェイスブック本社の講堂であったという事実がある。同社の若きCEO、マーク・ザッカーバーグが珍しく背広にネクタイ姿で司会を務めた1時間のタウンホール・ミーティングは、ビデオストリームでライブ配信された。
この生中継を世界中で何人が見たのかは不明だが、オバマ大統領の意図は明確だった。会場の聴衆は、ザッカーバーグに代表されるように、圧倒的に20代や30代の世代であった。米国でよく話題になるジェネレーションY(Y世代)である。正確な定義があるわけではないが、1975年頃から2000年代初頭に生まれた世代を指し、今年で20歳になるウェブ(World Wide Web)で育った人たちだ。
このY世代が仲間とのコミュニケーションツールとして愛用してきたのがフェイスブックだ。最初は大学生だけに限られた世界であったが、門戸を徐々に広げ、2006年には誰でも登録さえすればメンバーになれるソーシャルネットワーキング・サイトになった。
その後も全地球規模で急成長が続き、現在の会員数が5億5000万人―地球上で12人に1人―にもなる巨大SNS(会員制交流サイト)である。(日本ではミクシーやグリーに及ばないが、最新の会員数は300万人を突破したようだ)。そして米国ではY世代のおよそ8割がフェイスブックを毎日利用しているという(L2シンクタンク・ドット・コムの調査)。来年の大統領選で、オバマは間違いなくこの連中の支持に期待をかけている。
団塊世代にも浸透し始めている
フェイスブック躍進の勢いは、発祥地米国で衰える気配はない。2009年10月から翌年10月にかけて利用者数は、9737万人から1億5113万人へと55%の増加を記録した。この膨大な数の会員がフェイスブックにアクセスするので、米国での全ページビューの4分の1が同サイトになるといわれている。検索エンジン最大手グーグルの実に5倍である。
ウェブは伝統的なメディアとは対照的に開放的で自由―参入障壁が比較的低く誰でも参入可能―が売り物だったが、この数年の展開はこの理想からの乖離を示している。米調査会社コンピートによれば、全米上位10サイトのページビューの合計は2001年に全体の31%であったが、2006年までに40%へとゆるやかな上昇を記録し、2010年には約75%へと急増した。有力なサイトに人気が集中し、上位サイトはその集客力をテコにして更に成長を続ける「大きなことは良いこと」という好循環を実現しているわけだ。
この成長の過程でY世代以外の人たちもフェイスブックの利用を始めた。米国版団塊の世代である「ベビーブーマー」がその中心である。筆者の友人ラリー・リップシュルツは50代の労働運動活動家だが、最近会うたびにフェイスブックが話題になる。同サイトで何十年も音信不通だった複数の旧友に再会するのが楽しみだというのだ。団塊の世代にもフェイスブックが浸透し始めている証なのだろう。
マーケティングチャーツ・ドット・コムの調査によれば、フェイスブックなどのSNSを利用する団塊世代の男女は2008年に10%以下だったが、2010年には40%以上に急伸した。この世代のSNS利用者の7割以上がフェイスブック会員だという調査結果も発表されている。
フェイスブックの肥大化は社会現象になっているだけでなく、ウェブの世界にも構造変化をもたらしている。実際ここまで大きくなってしまうと、そのサイト自体がウェブの一部というよりはウェブそのものに対抗する存在になっている。仲間との交流だけでなく、サイト内であらゆるニーズに応えるフルサービス型プラットフォームの誕生である。いわばウェブサイトが肥大しウェブそのものになるという現象ともいえよう。
ディスプレイ広告の分野でダントツの1位
大勢の人が集まるところは、当然ながら広告の一等地になる。フェイスブックは初期段階でマネタイズに苦労したが、今ではバナーなどを含むディスプレイ広告の分野でダントツの1位になっている。2010年10-12月期ではフェイスブックが全ディスプレイ広告の25.8%を占め、2位のヤフー(9.7%)は大きく水をあけられている(コムスコア調べ)。今年は売上高でもフェイスブックが躍進しそうだ。調査会社のeマーケッターは、フェイスブックのディスプレイ広告を含む全広告収入が40億ドルになると予想する。とは言え、検索連動型広告の王者グーグルの2010年度の総広告収入は約282億ドルだったので、フェイスブックはまだその足元にも及ばないのが現実だ。
先例のない巨大なサイトになったフェイスブックだが、現状に満足する兆候はない。2010年だけでも位置情報サービスの「フェイスブック・プレイシズ」、地域特定のディール(割引)情報を提供する「フェイスブック・ディールズ」、電子メール、携帯メール、チャットなどをひとつにまとめた「フェイスブック・メッセージズ」などを開発し、スマートフォン経由のサービスにも力を注いでいる。自宅でも外出先でも我々のインターフェイスになることがフェイスブックの目標なのだろう。それはまた我々の一挙一動を監視することが可能になることを意味している。「フェイスブック帝国」の出現は時間の問題なのかもしれない。
(敬称略 在米ジャーナリスト 石川幸憲)