メディアの「ウィキリークス化」が思いもよらぬスピードで展開している。ウィキリークス以外にも情報リーク(流出)の受け皿が次々に開設されているのだ。機密漏洩をめぐって「ジャーナリズムでの軍拡競争」が始まるのではないかと警告する声が出始めている。
アルジャジーラがイスラエル・パレスティナ密約の特ダネ
第二のウィキリークスになったのが中東の衛星テレビ局「アルジャジーラ」である。11年1月に「アルジャジーラ・トランスペアレンシー・ユニット」(AJTU)と呼ばれる内部告発サイトを立ち上げた。文書、写真、動画などでの情報提供に対応し、システム面では匿名性の確保に最大限の注意が払われているという。
AJTUはさっそく大特ダネをものにした。日本ではあまり話題にならなかったようだが、中東和平交渉に関する大量の秘密文書を入手し、1月23日にメディア・パートナーの英「ガーディアン」紙とともに「パレスチナ・ペーパーズ」と題してその一部を公表した。
ショッキングな事実が明らかになった。2008年5月の会談で、パレスチナ側は東エルサレムでイスラエル人が違法に開発した入植地の大半をイスラエル領に併合する案に内緒で同意したというのだ。
それだけではない。文書数が全部で1600点にもなるパレスチナ・ペーパーズには、パレスチナ交渉団の譲歩案やイスラエル治安部隊とパレスチナ自治政府の水面下での緊密な協力関係などが克明に描かれているという。
何者かがこの秘密情報を電子文書の形でAJTUに持ち込み、ガーディアンはアルジャジーラから独占的にこの文書ファイルを提供された。同紙の編集局はその信憑性を独自に調査し公開に踏み切ったという。
第三のウィキリークスもスタート
1月末にスタートしたオープン・リークス(OpenLeaks)が第三のウィキリークスである。ジュリアン・アサンジと共にウィキリークスを支えたドイツ国籍のダニエル・ドムシャイトベルクが中心になって立ち上げたサイトである。
ウィキリークスの運営方針をめぐってアサンジと衝突したドムシャイトベルクは2010年9月に事実上除名になり、その後同志とともに新サイトの構築に着手し、ようやくその立ち上げに漕ぎ着けた。現在はパートナーになるメディアやNGOとのネットワーク作りに重点を置き、11年後半のフル回転を目指しているという。
オープン・リークスは、ウィキリークスと違い、情報の仲介役という立場に専念すると宣言している。つまり自身のサイトで流出情報を公開する発信型メディアではなく、提供された情報をNGO、労働組合、マスコミなどに仲介するデータベースと位置づけている。情報提供者は希望の公開先を指定することができ、その受け手が公開の最終判断を下すというシステムである。
ウィキリークスは自身のサイトで発信するだけでなく、ガーディアンなどの有力メディアに情報を独占提供することで公開効果を高めている。
NYタイムズが自前で機密漏えい受け皿を検討?
最有力紙と自負するニューヨーク・タイムズもアルジャジーラのAJTUのようなシステムを検討しているようだ。同紙はイラク・アフガン戦争関連の機密漏洩ではウィキリークスから事前に情報提供を受け大々的に報道したが、11月の外交機密文書の件では外され、ガーディアン紙の好意で機密ファイルにアクセスした経緯がある。アサンジと同紙の関係は冷え切り、復縁する可能性はゼロに近いと見られている。
そこで自前のウィキリークスを考えているのだろう。同紙のビル・ケラー編集長はヤフーニュースのマイケル・カルデロンに以下のように語った。
「少人数のスタッフが、調査取材チームや法律部門のアドバイスを受けながら、内部告発者向けにいわばEZパス(日本でいう有料道路のETCのこと)のようなものを設立するオプションを検討している」
AJTUのようなものかという問いに対し、同編集長は具体的に何も決まっていないとしながらも、「そんな感じのものを考えている」と答えた。
(在米ジャーナリスト 石川幸憲)
石川幸憲プロフィル
上智大学卒業後、渡米。南イノリイ大学博士課程修了(哲学)、ペンシルベニア大学博士課程(政治学)前期修了。AP通信記者、「TIME」特派員、日経国際ニュースセンター・ニューヨーク支所長などを歴任。著書に『ウィキリークス』(共著、アスキー・メディアワークス新書11年2月刊)『キンドルの衝撃』(毎日新聞社10年1月刊)がある。