デフレの原因は、人口要因であるという人がいる。この種の話は、経済データを扱わせる大学生向けの課題として適切であるので、とりあげてみた。
経済学を勉強する場合、教科書を読んで理論をマスターするというオーソドックな方法と、新聞や雑誌などを読ませて現実データから確認する方法があるが、後者の題材にしたわけだ。デフレと人口のデータをまず見て、その後に関係があれば、その理由を考えるというものだ。もし関係がなければ、それでおしまいである。
世界銀行データベースをネットで利用
この方法は、生のデータを扱いつつ、経済に対するカンを養うことができる。それに今では無料で役に立つデータベースにアクセスすることができる。おすすめは、世界銀行のデータベースだ。学生にとっては英語の勉強になるし、エクセルの習得になる。実は、古い大学教員の中にはエクセルでグラフも書けない人がいるが、これからはインターネットサイトからデータをダウンロードして、プレゼンテーションのグラフも自分で作れないとまずい時代になるだろう。
まずデフレの意味を明らかにしておこう。英語のdeflationの日本語訳であるので、inflationの反対語であり、物価の持続的な下落である。国際的には2年連続して下落していれば、立派なデフレだ。ところが、マスコミなどの一部では、デフレと経済状況の不振を意味する不況を混同しているものもある。不況は英語のdepressionであり、不況の場合には物価下落も伴っていることがあるので、混同しやすいが、物価現象であるdeflationとは別のものだ。
なお、デフレを名目GDPか実質GDPの減少と勘違いすると、GDPの定義から、人口に関係する、ということになる。それは、GDPが集計量であるという定義から当たり前である。というのは、GDPは付加価値に国民数をかけたものに相当するからだ。
というわけで、世界銀行データベースから、各国のインフレ率のデータをとる。そして、人口要因として、人口増減率、生産人口比の増減、従属人口比の増減を考えてみたい。ここで、生産人口とは15歳から64歳までの人口であり、生産人口比は総人口に対する生産人口の比率である。また、従属人口比というのは、生産人口以外の人数を生産人口で割った数字だ。人口減少という総数の話と、生産人口の減少という構造の話は分けて考えるほうがいいので、これらの統計を各国別に調べることとしよう。
あとは、それぞれのデータを世界銀行データベースからダウンロードして、人口増減率、生産人口比の増減、従属人口比の増減のそれぞれを横軸、インフレ率を縦軸として、散布図をかけばいい。
実際の図をみれば一目瞭然であるが、これらの人口要因とインフレ率の間には、ほとんど相関がない。ということは、これらの人口要因はデフレとは統計的には無関係である。
「デフレと人口要因は関係なし」
世界銀行のデータベースには色々なデータがある。これが無料で入手できるのだから、今はいい時代だ。一昔であれば、このようなデータ分析は、大学の図書館で世界銀行の統計書を見ながら、データを転記し、それで分析を行うという手順が必要で、研究者などの一握りにだけ許されていた仕事だ。ところが、今は誰でも自宅でできてしまう。
いずれにしても、世界銀行データベースには、通貨量の増減というデータもある。通貨量の増減とインフレ率の関係を見ると、両者にはかなりの相関関係がある。これは、経済学で「貨幣数量理論」として知られている。
要するに、これらの数量分析からいえることは、デフレは、人口要因ではなく、通貨量の増減という貨幣要因であるということだ。
なお、これらの散布図をみたい人は、このサイト(http://tacmasi.blogspot.com/2010/10/blog-post.html)を参考にされたい。
これらは、国際的な見地から、デフレの要因を考えたものだ。日本にだけ特殊な事情があればどうなるのか。例えば、各都道府県の人口増減率とインフレ率の関係はどうなのか。これは、総務省のデータベースから調べられる。しかし、人口減少によってデフレになるというデータがでてこない。
一体どうして、人口要因によってデフレという話なるのか。ひょっとしたら、デフレが意識されだした時と人口減少が話題になった時が似通っているからなのか。そこで、日本全体の人口増減率とインフレ率を過去からさかのぼってみてみた。過去のデータを散布図にしても、やはり、人口減少によってデフレになるというデータはない。
++ 高橋洋一プロフィール
高橋洋一(たかはし よういち) 元内閣参事官、現「政策工房」会長
1955年生まれ。80年に大蔵省に入省、2006年からは内閣参事官も務めた。07年、いわゆる「埋蔵金」を指摘し注目された。08年に退官。10年から嘉悦大学教授。著書に「さらば財務省!」、「日本は財政危機ではない!」、「恐慌は日本の大チャンス」(いずれも講談社)など。