大学院の修士・博士課程を修了しても安定的な就職先が見つからず、フリーター化している人たちが増えている。こうした高学歴ワーキングプアの人たちが生み出される背景には、国の「大学院生倍増加計画」が指摘されている。一方で、「博士の数はまだ足りない」という研究者や文部科学省内の声もある。どうすればいいのか。産学連携に関する人材コンサルティングに取り組んでいる企業「フューチャーラボラトリ」の橋本昌隆社長に聞いた。
誰でも入れて誰でも博士号を取れる
「太陽電池の研究者など博士が足りない分野もあります」と話す橋本昌隆さん
――大学研究者だけでなく、企業などで活躍できる専門知識を備えた人材を育成しようと、国は1991年度から10年間で大学院生を倍増化する計画を進め、増加傾向は10年後以降も続いています。91年度に9万9000人弱だった院在学者数は、2000年度20万5000人、08年度は26万3000人弱と、91年度の2.65倍に増えました。院生の数はまだ足りないのでしょうか。
橋本 全体としては明らかに多すぎます。大学院は間口を大きく開けた一方で、大学院教育の質を全く上げてきませんでした。その結果、従来どおりの出口としての大学研究者ポストや企業採用の枠は基本的に増えていません。当然、就職できなかったり、できても期間限定という不安定な状態でしか仕事ができなかったりする人たちが増えてきました。
博士の学位を取った後、任期付きなど安定的でない研究職に携わる人に限ったいわゆる「ポスドク」、ポストドクターだけでも1万7000人程度、さらに「隠れポスドク」が相当数いると見られています。大学4年間から大学院5年間、さらにポスドクの任期3年を2回やった場合、累計15年間で1人あたり1億円も国費が投入されたことになるという試算もあります。こうした人材のうち少なからぬ人数がフリーター化している訳で、なんとももったいない話です。
――ではどの程度削減すればいいのでしょうか。
橋本 今の半分程度、つまり倍増加する前のレベルで十分だと思っています。もちろん実際には、分野によって人材供給が著しく過剰なところもあれば、もっと供給を増やすべきところもあります。ですが、全体としては半分に減らしても余裕で需要をまかなえます。
――しかし、まだ院生や博士の数は足りない、欧米先進国に比べ1000人あたりの博士の数は日本は少ない、と指摘する人もいます。
橋本 よく耳にしますが、不毛な議論です。アメリカの「博士」と日本の「博士」とは質がまったく異なります。同じ「博士」という言葉で議論するのは建設的ではありません。研究業績を出す力とマネジメント力など総合力をみると、アメリカの博士の方が圧倒的に優れています。
その大きな要因は「競争」にあります。アメリカではまず大学院に入る際、3倍ぐらいの厳しい選抜をくぐり抜け、さらに厳しい勉強で鍛えられドロップアウト組が結構出ます。博士号を取れるのは半分ぐらいでしょうか。一方、日本の院は、誰でも入れて誰でも博士号を取れるといって過言ではない、ぬるま湯のような状態です。入るときの倍率は0.7倍、そして入ってしまえば9割ぐらいは博士号を取ることができます。よく「日本の大学は入るのは難しいが出るのは簡単」と言われてきましたが、今の大学院は入るのも出るのも簡単というわけです。こんなに違いのある人材を同列に並べ、数だけ問題にしたところで、何も解決しません。