全国でも珍しい本格温泉を備えたキャンパスにしようと掘削が進んでいた立正大学熊谷キャンパス(埼玉県熊谷市)では、結局温泉が出なかった。温泉計画が注目されたのは、同大には「地下水」の専門家が、学長を始めそろっていたこともあった。「1,000メートルも掘ればどこでも温泉は出る」はずじゃなかったのか。
掘削費用に約7,000万円もかける
全国の温泉施設に関する環境省の調査結果をまとめた同省HP
立正大が埼玉県に温泉掘削の許可を受けたのは05年2月。温泉療法を研究する学部新設や近くの特別養護老人ホームへ温泉を「配る」構想だった。少子化による競争激化を勝ち抜くための付加価値を生み出す狙いもあった。06年夏ごろから専門業者が掘削を始めた。「大深度」の1,500メートルまで掘り下げたものの、温泉と名乗ることができるかどうかの成分検査をするだけの湯量も出てこなかった。07年5月、県へ掘削工事完了届を提出したが、書類の「湧出量」欄は空欄で、温泉開発を「お手上げ」のまま終了することを認めたという訳だ。掘削費用は約7,000万円だった。
掘削許可などを扱う埼玉県薬務課によると、直近約5年間で45~50件の温泉掘削が許可を受けた後、工事完了している。うち「温泉が出なかった」のは、04年夏に報告があった件と立正大の計2件だ。担当者は「大体は(温泉が)出るもんなんですよ」と不思議そうだった。県内には全国的に著名な温泉地はないものの、温泉施設は約110カ所あり、熊谷市内も「2,3はあった」。
財団法人中央温泉研究所と日本温泉協会の関係者たちも「温泉が出ない」ことの可能性の低さを指摘する。1980年後半のバブル経済期以前であれば、温泉掘削は「ばくちのようなもの」と成功率の低さが当然視されていた。しかし、以降は電磁波や超音波、地震波などを使った探査方法が「普通に」広がり「地下水脈があるかないかは掘る前にほぼ分かるようになった」と口をそろえる。統計はない上、失敗例は報告に上がりにくいこともあり、実態ははっきりしない部分もある。しかし感覚的に言えば、温泉掘削は「普通に」事前探査すれば、今では「はずれは少ない」のだそうだ。「はずれ」の中でも比較的多いのは、「温泉」が出るには出たが、水温が低すぎたり、成分が温泉と呼ぶには不十分だったりするケースだ。温泉の湯そのものがほとんど出ないという「はずれ」は、さらに少ないという訳だ。
J-CASTニュースが温泉研究所員に「1,000メートル掘れば温泉は出るという説は本当でしょうか」と質問すると、「場所によります。関東なら東京から埼玉南部にかけては概ね本当と言えます」。キャンパスがある熊谷市は埼玉北部だ。
学長自ら「良質な温泉がわき出る」と太鼓判
大学と温泉については、金沢大(金沢市)が07年春、キャンパス内に足湯をつくり市民にも開放している。もっとも湯温が低く法律上は「温泉」を名乗ることができない。温泉研究所員によると、大学関係では地震や微生物の研究のため地下深くまで掘削し、ついでに「温泉が出れば活用したい」という狙いで掘削を始めた例はいくつかの大学であった。しかし、本格的な温泉掘削の例は立正大以外は知らないという。
立正大は、「普通」の探査をしなかったのだろうか。温泉掘削計画当初から同大学長だった高村弘毅学長は、日本地下水学会長を務めたことがある「地下水脈」の権威だ。学内には、地下の水や地盤を研究する教員らもいる。07年1月16日の朝日新聞(埼玉県内版)は、「学長自ら『良質な温泉がわき出る可能性が高い』と太鼓判を押し、全国の大学でも余り例がない温泉の掘削にゴーサインが出た」と報じている。
掘削前の探査はどのように行われたのか、とJ-CASTニュースが立正大の学長室に取材した。すると学長室は、専門業者に調査を依頼はしたが「全面的にしっかり調査を、という所までは(依頼が)行っていなかった部分もあるようだ」と歯切れが悪い。大学関係者が掘削する場所をほぼ決めたのかという疑問に対しては、「全面的に決めた、ということはないものの、はっきりしない部分もある」。
「温泉の夢」が消えた後、今後どうするのか。掘削跡はそのままにし、今後活断層や地下水の研究に充てる。「無駄ではない」という訳だが、温泉が出なかったことについては、学長室は「学内全体として非常に残念だと受け止めている」と答えている。